F.I.N.的新語辞典
2020.12.08
テクノロジーは食分野にも多く取り入れられるようになっています。日本酒の製造過程の一部にAIを取り入れ、職人の技を残すという取り組みをしている三浦亜美さんは、テクノロジーを食の伝統と掛け合わせています。一方、シグマクシスのディレクターである田中宏隆さんは、国内外のフードテックの動向に精通し、国内最大の食に関わるカンファレンス「スマートキッチン・サミット・ジャパン」の主催者であるほか、共著で「フードテック革命」を出版しています。フードテックの領域でご活躍されるお二人の対談から、フードテックの潮流や未来の動き、フードテックが文化や社会にもたらす価値について伺っていきます。
撮影:小野真太郎
食が引き起こす社会課題をテクノロジーで解決する「フードテック」。
FIN編集部
まず、フードテックの現在について教えてください。
田中さん
フードテックは、様々な食べ物をサイエンスから解き明かして再現性を高めるというテクノロジーです。日本では、即席麺や旨味調味料、冷凍技術など、昔から様々な食品加工技術がありまして、皆さんがよく知ってる食品も、製造過程をみるとテクノロジーが使われています。では、なぜ今、注目されているのかというと、2012年頃から、モノにセンサーをつけ、センサーが得た情報を活用するIoTなどの進化により、テクノロジーを安価に応用することが可能になりました。家電がインターネットに接続するようになり、これが調理家電にも応用できるのではないかと注目を集めるようになりました。また、今、遺伝子検査キットなど、以前なら何百万円もしたものが、一般にも手が届く価格まで下がり、人間の体の状態が可視化できるようになりました。このように様々なテクノロジーの汎用性が高まったことが、ひとつの要因です。
FIN編集部
フードテックはSDGsの面からも注目されていますよね。
田中さん
そうですね。20年前の大きな社会課題はエネルギー問題でしたが、自然エネルギーが安価に利用できるようになり、エネルギー問題にも解決の糸口が見えてきました。では、次の未解決問題が何かというと、それが食によって引き起こされるものだったんです。これだけ騒がれているのにフードロスは減らないし、工業的畜産は環境負荷が高い。飢餓で苦しんでいる方がいる一方で、食べ過ぎによる健康被害が生まれています。特に所得が低い世帯では、必ずしも体にいいものを食べているわけではなく、それが糖尿病や肥満を引き起こしてしまう。必要な食品にアクセスができないというフードデザート(食の砂漠)問題も発生しています。
FIN編集部
十分にカロリーが摂取できても、その質が問題になるんですね。
田中さん
一方で、食は幸福をもたらすものとしても、注目されています。日本は戦後、一人当たりのGDPは格段に上昇しましたが、幸福度をみるとフラットなままなんです。どうしたらもっと幸せになれるのかと考えると、それは「モノ」によってもたらされるのではなく「コト」「時」「体験」「人とのつながり」にあると人々が気づき始めています。「医食同源」という言葉もありますし、「ヴィーガン」「ミートレスマンデー」など、食べること自体が、生きるポリシーと同義になっている側面もあります。食による社会課題の解決だけでなく、自己実現や教育、趣味としての食など、多様な価値観が存在します。それを、テクノロジーの活用により可視化し実現し、暮らしを豊かにしていこうという動きが、多領域で起きているのが、フードテックを取り巻く現在の状況です。
AIを使って日本の食の技術を後世に伝える。
三浦さん
そのフードテックの流れでいうと、私は今、日本の匠の技を次世代につなげるために、テクノロジーを使ってサポートするプロジェクトを行っています。例えば、日本酒には米を水に漬ける「浸漬(しんし)」という味の決め手となる工程があるのですが、現在は、杜氏が目で見て最適なタイミングを判断するんですね。ここにAIのディープラーニングを導入して、将来も継続的においしいお酒が生み出せないかということで、吸水デバイスの開発を行っています。
田中さん
このほかにも日本酒での取組みがあるとお聞きしましたが、日本酒に興味をもったきっかけはなんですか?
三浦さん
かつて、バックパッカーをして30か国を回ったんですが、改めて日本の食、とくに日本酒を始めとする匠の技の偉大さに気づいたんです。海外から文化を輸入して、独自に進化させても、それが魔改造といっていいくらい、日本の職人さんは徹底的に突き詰めます。その突き詰め方は本当に卓越しているのですが、現場の人にお会いすると、ビジネスや人材育成の面でうまく行っていないそう。これはもったいないと思ったので、古くから伝わる技術と最新のテクノロジー、現場と自治体、いろんな合間を取りもって、次世代につなげていけたらと「ima(あいま)」という会社を設立しました。そこで私たちは、「awa酒」という日本酒のカテゴリーを作りました。
田中さん
スパークリングの日本酒なんですか?
三浦さん
以前から発泡の日本酒を作っている酒蔵はあったんですが、独自の呼称でそれぞれがプロモーションしていました。しかし、それではシャンパンに対抗できる勢力にはなりません。そこで弊社は「一般社団法人awa酒協会」を設立して、クオリティの高い発泡タイプの日本酒を「awa酒」として認証するシステムを構築しました。テクノロジーとは違いますが、日本の伝統食を継承するには、こういったビジネスと技術のエコシステム作りも必要だと思ったんです。
田中さん
僕も、ある農家さんに、5年熟成の麦味噌を試食させてもらったんですよ。それが1年熟成とは比べものにならないくらいおいしくて。ただ、農家さんは「作るのが大変すぎるから、作るのはやめる」とおっしゃるんです。それをテクノロジーがカバーできたらいいですよね。以前、ドイツに住んでいたことがあるんですが、ソーセージもミュンヘンとベルリンでは違うんですね。地域によって変わるんだけれど、ベースはソーセージです。でも、日本は地域によって食文化が全く異なりますし、野菜の旬も、四季どころか六季、週によって味が違うとも言われています。調理方法も多彩で、日本の食文化は非常に高い水準を誇っているのに、それを発信することがなかったし、ノウハウがデータとして蓄積されていないんですよね。
三浦さん
もったいないですよね。世界中を旅して、日本の食のセンスはすごいと思いました。日本の食の技術も世界中から需要があるはずなんですよ。食をとりまく自然環境も、山があり海があり、自然も多彩で、寒い季節、温暖な季節、乾燥したり湿度があったり本当に多彩です。この環境を研究所で再現したら、いくらかかることか!
田中さん
僕はハイテク業界にずっといて、日本の工業技術があるにもかかわらず、それを活かしきれずグローバル競争で勝ちきれない姿を目の当たりにしてきました。今や世界のトップ競争にはついていけていないのですが、食の分野では大きな可能性を感じています。実は海外も、日本の外食チェーンの仕組をよく研究しています。また、課題先進国である日本が食の問題をどう解決していくのか、他国のモデルケースになりうるという点でも注目を集めているんですよ。僕は、日本の食が世界を救うと思っているんです。おいしいものを前にしたら、誰も戦争したりしませんよね。
三浦さん
完全に同意します。だから、日本の食の技術を継承していくことは、我々が思っているよりも重要なことなんです。
ユニークなアイデアと情熱が、組織を超えて未来を変えていく。
FIN編集部
では、お二人は5年先の未来をどんなふうに考えますか?
田中さん
これから、5Gや6G、代替肉、微細化技術など、テクノロジーはどんどん進化していきます。しかし、それを使ってどんな体験を作っていくかは、人間の意思次第です。使い方次第で、5年先はユートピアにもディストピアにもなる。今、休耕地が増えている一方で、食料自給率は低いまま輸入に頼っています。食べ過ぎによる健康被害、フードロスなど、そういった問題にテクノロジーが介入して、いびつな不均衡を改善できたらいいですよね。個人的なことでいうと、社会課題を解決したいという情熱をもった人は、企業内にもたくさんいます。そんな人たちがパッションをもち組織を超えてつながって、社会を変えていく世の中になっていったらと思います。
三浦さん
コロナ禍で、多くの人がこれまで通りでは立ち行かないと気付いたと思います。だから、5年先は社会の仕組みも大きく変わっているのではないでしょうか。また、働き方でいうと、女性の仕事と出産時期との兼ね合いもテクノロジーによって、ある程度解決できていたらいいですよね。今の働く女性は、男性が作った社会にフィットするために、家事や育児を効率化せざるを得ない状況です。それに対して、全ての女性が満足しているわけではありません。テクノロジーによって、生活や働き方に満足のいく選択ができる社会になっていてほしいですし、そういう未来を私も作っていきたいと思っています。あとは、おいしいものに囲まれていたい(笑)。
田中さん
それには僕も同意しますよ。
三浦亜美
学生時代に事業を立ち上げ、その後、単身でバックパッカーとして世界を回る。帰国後は、海外クラウドサービスの日本法人立ち上げや、インキュベーション施設の立ち上げなどを行う。2013年、株式会社imaを創業。代表取締役として日本の伝統文化の継承を技術とビジネスの両面からサポート。2016年、一般社団法人awa酒協会を設立。2017年、つくば市まちづくりアドバイザーに就任(~2020年)。2019年、デジタルハリウッド大学特任准教授に就任。2020年、スタートアップ・エコシステム東京コンソーシアム アドバイザーに就任。
田中宏隆
国内大手メーカー、外資系コンサルティングファームを経て、シグマクシスに参画。戦略策定、新規事業開発・ 実行、マーケティング、M&A、パートナーシップ、ベンチャー協業等幅広いテーマに精通する。フードテックを中心とした食・料理のトレンドやプレイヤー動向等に造詣が深く、国内外で多数の講演、セミナー、パネルディスカッションに登壇。メディアを通じた情報発信にも精力的に取り組む。『フードテックの未来』(日経BP総研/2018年12月)監修、著書に『フードテック革命~世界700兆円の新産業「食の進化と再定義」』(日経BP/2020年7月)
フードテックおよびフードイノベーションを中心とした、食&料理に関わるカンファレンス「スマートキッチン・サミット・ジャパン 2020」を主催。オンラインにて、2020年12月17日~19日の開催。
編集後記
田中さんと三浦さんによる熱のほとばしるような対談をお伺いし、匠の技とテクノロジーという従来相反するものが融合するからこそ描ける豊かな未来がある、ということがわかりました。また、テクノロジーはそれまで積み上げてきた文化を壊すという文脈で語られることもありますが、使い方次第ではその文化を強固にしたり、継続させることもできるということを学びました。今後、自分自身とテクノロジーとの関係性も、付き合い方を考えながら築いていきたいと思います。
(未来定番研究所 中島)