FUTURE IS NOW

時代の目利きたちの“今”から未来を探るメディア

FUTURE IS NOW

益子には、ローカルの未来を紐解くヒントがありました。

〈archipelago〉店主の小菅庸喜さんが、地方の未来の理想形だと教えてくれた栃木県益子町。豊かな自然や益子焼をはじめとしたものづくりで多くの人々を惹きつける益子町にあるのは、古くから育まれてきた伝統的な風土と新しい要素が結びついた独特の文化です。核となったのは、20年前に生まれたギャラリー&カフェ〈starnet〉。オーナーの故・馬場浩史さんが広めた、自然と調和した、この土地だからこそできる心のこもったものづくりは多くの共感を呼び、新しいショップやコミュニティが次々と作られていきました。馬場さんの思いは現在の〈starnet〉オーナー・八田英子さんにも受け継がれています。 本当の意味での豊かさについて考える人が増えている今、さらなる変化を続けるこの町の魅力に改めて向き合うことで、地方の未来を考えます。
(写真:鈴木慎平)

 
 
私たちが益子町に通う理由。

まずは、益子町にゆかりのある5人に、彼らが益子町に足繁く通う理由、そして彼らなりの益子町の楽しみ方を聞いてみました。ローカル・コミュニティーからの発信をテーマに、「グッドネイバーズジャンボリー」を主宰する坂口修一郎さん。暮らしや観光をデザインの視点で見つめ直す「D&DEPARTMENT」の相馬夕輝さん。バイヤーとして日本全国を飛び回り、その土地の逸品を探し出す山田遊さん。写真家として活躍しながら、地元・浜松市で本屋を営む若木信吾さん。そして「F.I.N.」の目利きとして登場してくれた、丹波篠山のセレクトショップ〈archipelago〉店主の小菅庸喜さん。彼らの視点を通して、外側から益子町の魅力に迫ります。

「自由なものづくりを認める気風がある」(坂口修一郎さん/Double Famous)

全国から集めた古家具を丁寧にリメイクして新しいものといっしょにプレゼンテーションしている〈pejite〉は、築60年になる大谷石で出来た古い倉庫をリノベーションした店内も圧巻です。益子は焼き物の産地として名高い土地ですが、他の産地と違って焼き物の定義やしばりが強くなく良い意味で自由なものづくりを認める気風がありますね。

「最後はみんなでハグをして、満腹で東京へ」(相馬夕輝さん/D&DEPARTMENT代表)

素材感があるところが魅力です。素材感とは、いつの時代も変わらずその土地だからこそ生み出される肌触りのようなもの。益子町の人々はその肌触りを居心地に変換して、外からやってくる僕たちに手渡してくれるんです。益子町で行くコースはほぼ決まっています。東京を出て、お昼に到着し、〈茶屋雨巻〉でおいしいピザを食べる。その後陶芸家の鈴木稔さんの工房を訪ね、益子参考館、〈pejite〉、〈starnet〉に立ち寄り、最後に木工作家の高山英樹さんのお宅に遊びに行き、高山さんご家族と一緒に〈とんかつ吉川〉でヒレカツ定食を食べます。最後はみんなでハグをして満腹で東京へ、最高のコースです。

「自然の美しさ、文化の豊かさ、そして人々の姿勢」(山田遊さん/バイヤー・method代表)

自然の風景の美しさや、土地の風土に根ざした焼き物や食などの文化の豊かさ、この土地に根付いた人々の姿勢や意識などに未来を感じます。中でも、〈starnet〉を始めた馬場さんの存在抜きに益子町を語ることはできません。〈starnet〉はもちろん〈TONERICO〉、〈pejite〉も、益子へ行く時は必ず足を運びます。

「歴史とモダンさがミックスされた洋食店は最高!」(若木信吾さん/写真家)

田畑や原生林なども含む里山と、そこに住む人々の、伝統に固執せずに芸術を愛好する精神。環境とマインドのバランスがとてもいいんだと感じます。〈茶屋雨巻〉のピザは最高においしいし、益子町で最初にできた洋食店〈古陶里〉は、益子の歴史の温かみとモダンさがミックスされた名店。もちろん味も最高!

「全く新しい祭りを作り出せる土地の懐の深さ」(小菅庸喜さん/〈archipelago〉店主)

益子町では、外から移り住んだ人による活動が土地本来の文化と結びついたことで、新たな文化が生まれてきました。2009年に始まった「土祭」はその象徴。伝統的な地場の祭や伝統芸能と、現代的な芸術を組み合わせた全く新しい祭を作り出せるこの土地の懐の深さに、未来を感じます。

益子町には、豊かな自然とおいしい食、外の人を受け入れる気風……、そして作家やショップなど、志を持って自らの仕事に真摯に向き合う個の存在と、その個々が地域の中でゆるやかに繋がるネットワークがあるようです。

 
 
益子町に根を下ろし、古いものの素晴らしさを伝える古家具店〈pejite〉。

益子町を構成する魅力的な個の存在。それを掘り下げるべく、益子町にゆかりのある5人全員が、益子町に来たら必ず立ち寄ると話す古家具店〈pejite〉のオーナー・仁平透さんにお話を伺いました。

質の良い古家具を生活に取り入れる楽しさを知ってもらいたい。

蔦のかかった堂々たる蔵の建物が目印の古家具店〈pejite〉。もとは米蔵だったという広い店内には、丁寧に修理をされた質の良い古家具や地元作家の器、センスの良い雑貨の数々が整然と並びます。もともと時を経た古いものが好きで、古いものの楽しさを伝えたいという気持ちから古家具店を始めたという仁平さん。「日本の古い家具は、無垢の木を使って職人が1つひとつ手作りをしているので、今、同じ素材で同じ手間をかけて作ったらすごく高い金額になってしまいます。しかし、古家具であれば、質の良いものを安く提供できるんです」。仁平さんは、骨董品という敷居の高いものを気軽に生活に取り入れてもらえるよう、安くて質の良い古いものを提供する〈仁平古家具店〉を始めました。

「その後、買い付けをしている中で、なかなかお目にかかれない珍しいものや、本当に作りの良いものに出会うことがありました。でも、お店で扱いたくても、どうしても金額が高くなってしまうことに悩みました」。仁平古家具店のコンセプトとのズレに悩んだ仁平さんは、良いものを最大限良く見せられるプレミアムなお店を始めようと決めました。「ふさわしい空間で始めたいと思っていたところ、イメージにぴったりのこの蔵を益子町で運命的に見つけ、〈pejite〉を始められることになったんです」。

ものの良さを最大限引き立てる石蔵の空間。

益子町に来たら必ず〈pejite〉を訪れるという人は少なくありません。都会の感度の高い人たちを惹きつける理由を、仁平さん自身はどのように感じているのでしょうか。

「この石蔵の建物によって、都会では絶対にできないスケール感を実現しているからでしょうか。ここまで大きい石蔵は田舎でもなかなか見つけることができないので、まずはそこに圧倒されると思うんです。さらに、特に質の良い大型家具を扱っているので、スペースを最大限生かすことができて画になる。ポツポツと品良く並べて、良いものを良く見せられるんです」。お店で表現したいことと、空間が見事にマッチした〈pejite〉。仁平さんが選ぶセンスの良い家具、そして丁寧な仕事。さらにこの広い空間は、一度訪れると、つい時間を忘れて商品と向き合ってしまいます。

日々良い仕事をすることが、益子町の未来を作る。

最後に、これからの益子町に期待することはありますか?と尋ねてみました。「もっと拠点が増えて、楽しい町になったらいいですね。黙っていたらどんどん田舎になるので、人が来てくれるような場所にしていかないと。だからといって何か特別なことをすると言うのではなく、僕は僕で日々良い仕事をしようということしか考えてないんです。『益子は面白い場所や面白い人が多いね』と思ってもらえるように、個々がそれぞれに自分のやるべきことを頑張って力をつけていくしかないのかなと思います」。

町の伝統に捉われることなく、自らのセンスと「好き」を頼りにお店を続けている仁平さん。古いものを、より良く見せる。新しいものにも負けない良さを見せる。その強いこだわりを、開放感溢れる店内のところどころに感じることができました。

pejite

〒321-4217 栃木県芳賀郡益子町益子973-6

TEL: 0285-81-5494

営業時間:11:00〜18:00

定休日:木曜日

 
 
住んでいる土地を好きになる。風土や先人に感謝する「土祭」。

センスのいいお店、そして個人で活動する作家たち。個がそれぞれ活躍する益子町には、人と人とをゆるやかに繋げるネットワークがあります。その代表例が、2009年に始まった土祭。農業と窯業を盛んに行ってきた益子町の風土や先人の知恵に感謝し、見つめ直す機会として。また、今住んでいるこの町を好きになり、人と人が繋がり、地域の力を強くするため。すべては町の一番の宝である「住民」のために始まったお祭りです。

3年に一度行われる土祭は、9月の新月から満月(中秋の名月)までの2週間にわたって行われます。来年(2018年)が4回目の開催となり、前年にあたる今年の9月末には「前・土祭」が行われました。地元の木工作家で、土祭の実行委員を務める高山英樹さんに、土祭の成り立ちや、そこにかける思い、前段としての「前・土祭」のあり方について伺いました。

この土地の”暮らし”をテーマにした祭り。

9月30日、益子地区の前・土祭当日、益子町周辺で採れた野菜や果物、益子町のパン屋さんやご飯屋さんが出店し、益子の土を使った光る泥だんごのワークショップなど、この土地の魅力を余すところなく享受できる催しが揃いました。

———土祭は、どんな思いから始まったのですか?

陶器市とは違う形で、みんなが生活のことや暮らしのこと、町のことを考えられる何かができないかという思いから始まっています。「土祭」という名前にあるように、これはアートフェスではなく、この町の神事としての「祭り」です。この町に暮らすこと、風土を見つめ直して感謝する2週間になってくれたらいいですね。

———出店されているのは、益子の方達なんですね。

そうですね。益子周辺の人達で作るお祭りです。農家さんや、作家さん。僕も2回目、3回目は作家として参加していて、土祭用の小屋などを作りました。夜になると広場に「夕焼けバー」ができます。そうなると、みんなで語りながらお酒を飲める。益子の中の人も、外の人も、みんなで楽しくお酒でも飲みながら昔のことや未来のことを話そうよ。そういう人と人を繋ぐ場所になるんです。作家さんなど、普段それぞれで活動している人たちが、どんな思いを持ってここで生活しているか。それを語り合ってもらいたいんです。

———土祭は、複数の会場で、アート作品の展示やイベント、トークショーや演劇、ワークショップなど、様々な催しがあるようですね。

試行錯誤なので、来年はどうなるか未知数です(笑)。ただひとつ言えるのは、バランスが大切で、しっかり宣伝をして人を集めるということと、住民が、自分の町のお祭りとして、参加したいと思ってくれること。そのどちらも大切なので、課題も多いですが、進化し続けるお祭りだと思います。

 
 
高山英樹さんが教えてくれた、益子町のこれから。

今の益子町を形作っているのは、魅力的な個の存在と、土祭のような地域の人のネットワークでした。では、これからの益子町はどうなっていくのか。「益子のこれからを考えるには、まず歴史から」と話す高山さんが、益子町の過去、現在、そして未来について話してくれました。

益子町成り立ちの変遷

益子町で焼き物作りが始まったのは江戸時代の後期。関東大震災をピークに一旦停滞しましたが、1930年頃に陶芸家の濱田庄司さんが移り住み、民藝を立ち上げたことをきっかけに、彼に賛同する若い作家たちが移り住むようになったんです。彼は、実験的な作陶をプロトタイプに、今の益子焼の原型を作りました。彼個人の作品に憧れた個人作家的な人たちや、加守田章二さんという、焼き物を現代アートに昇華させた作家の移住に影響を受けた若い作家たちが集まり、日本有数の焼き物の産地として栄えていきました。

バブル期を迎えると、手工芸が置き去りになり、益子町も停滞を始めます。バブル崩壊後、手工芸が再び注目されるようになり、「もう一回ローカルを考え直そう」という思いで馬場浩史さんたちが始めたのが、益子町の民藝品を集めたギャラリーとカフェの店〈starnet〉です。それが今の益子町に繋がっているんです。今、東日本大震災をきっかけに、「暮らしを見つめ直す」という60年代的な思考が再びされるようになりました。その流れから、益子町は近年急激に注目されているのですが、実は、このように何十年、何百年と紡いできた歴史があるんです。

田舎だけど、都会的。新しさを受け入れる懐の深さ。

濱田庄司さんも益子の出身ではありませんし、僕も石川県出身。益子町は歴史的に育まれた、新しさに寛容な風土があるのかもしれません。だから、環境は田舎なのですが、人間同士の付き合い方は、どこか都会的。お互いにあんまり干渉しないんです。時代がどう変化してもブレない人もいれば、時代を掴んでいく人もいる。それぞれがリスペクトされ、許される町なんですよ。

益子町は次のステップへ。

ここまで益子が注目され、全国に知られるようになったのは、馬場さんという強力なリーダーのおかげです。けれど馬場さんが亡くなった今、これからは益子町で活動する人それぞれが、発信して、ネットワークとして繋がっていくことが必要になるでしょう。メディア的には捉えどころがなくなるかもしれませんがね(笑)。ひとりやひとつのスペースが注目されるのも良いけれど、個人的には、各人が自分の生活を見つめて、その近くで仲間を作っていくのがベストだと思います。そういう意味では、この町ではすでに1人ひとりがネットワークを持って、ものづくりをする環境を作っているので、これからさらに多様な面白い町になっていくと思いますよ。

 
 
益子町の今をヒントに、地方の未来を考える。

田舎でありながら、都会的でもある。

人との距離は遠すぎず、近すぎない。

都会からの距離も遠すぎず、近すぎない。

古いものを大切にしながら、新しいものを受け入れ共存する。

ゆるやかなネットワークでお互いに繋がる。

益子町の魅力は、そんな絶妙なバランスの上に成り立っているのかもしれません。土祭を教えてくれた小菅さんがセレクトショップ〈archipelago〉を営む兵庫県篠山市にも、その片鱗が少しずつ見えてきているのだそう。最後に、小菅さんに改めて益子町から感じ取る未来と、篠山市のこれから、地方の未来の理想について聞いてみました。

———小菅さんは、地方が今後どういう形になっていくことが理想だと考えますか?

その地元の人が、少しでも自分の町に誇りを持てることが大切だと思います。都会に出てから気づくこともあると思います。こんな田舎は嫌だ、と思っていたけど、都会に出てみたら「あの風景って貴重だったんだな」と思うことがありますよね。当たり前が当たり前じゃないということに気付くこと。そしてその当たり前を守ること。そういう当たり前にある豊かさに気付ける環境作りとか、当たり前の風景に光をあてる人たちが出てくることが今後の地域の豊かさに繋がるんじゃないかと思います。

———もともとそこで生まれた人でなくても、別の地域の人がその土地に魅力を感じて住むということもありますよね。

もちろん、そうですね。移り住んでしまえば地元の人になり、子供たちにとってはここが地元になっていく。地元が面白いに越したことはないよなっていうのが僕の考えです。地元が面白くなっていくということは自分の生活も楽しくなっていくことなので、個々人がそれぞれの暮らしを豊かに感じられる状況に手をくだす、判断することの連続なのだと思います。

———地方での生活をされていて、何か感じていることはありますか?

お買い物ひとつをとっても、ものがあふれている中での買い物と、その土地に行くまでのプロセスも含めた買い物に、別の価値を見出す人が増えてきている気がします。買い物の質、ものと出会う質のようなものに気付き始めている人もいるんじゃないでしょうか。ワンクリックでものが買える時代で、篠山にいても東京にいても、同じものを同じサイトで買うことができるので、あとは移動、体験、風景、そこでの会話など、どこに重きをおくか。同じ買い物をするならあの人から買いたいっていう思考もすでに出始めているんじゃないかと思っていて、誰から買うのか、誰に1票を捧げるのか、その土地の風景が守られるためにお金を使うという消費行動、お買い物体験になっていくんじゃないでしょうか。それは、地方に住むということも同じです。

———選択肢が広がる、ということでしょうか。

レジャーとも、アクティビティとも違って、自然の豊かさや時間をどう使うか。すごく短い時間でものを買える時代に、時間の使い方の選択肢が逆に増えていると言えるのかもしれません。どういう時間をどういう空間で過ごすか。それを選べる時代なのだと思います。

———篠山市、そして小菅さんの今後の目標を教えて下さい。

20年前に益子町に〈starnet〉ができた時のように、篠山市に僕たちの店ができたことで、それに影響を受けた人が新たな場を持ったり、新たな魅力を見つけたりしてくれたら嬉しいですよね。その土地の人々にも地元の魅力に気付けるような場作りもできたらいいなと思います。土地そのものの文化と新しく入ってきた人たちが、決別するのではなくうまくミックスされて、土壌がさらに豊かなものになっていくのが理想。少しずつその動きも感じているので、これから篠山という町でも、益子を手本にしてできることがあるでしょうし、違った土地なので、違った魅力作りもできるんじゃないかなと思います。同じ土地に、様々な方向から魅力を感じて、何かやろうと思う人が増えれば町として成熟していくと思うので、同じ方向を見るだけじゃなく、それぞれが個々にいろいろな取り組みをしていけたらいいですね。

photo / Masahiro Sanbe

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TEL:079-595-1071

営業時間:11:00〜18:00

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