変化を迎えた日本人のソウルフード。おいしいお米の今と、これから。
パンにラーメン、パスタにピザ……。私たちの日々の食事は、幸せなほど選択肢にあふれています。ライフスタイルの変化に伴って、日本人の主食が「米」だった時代は終わってしまったのでしょうか。東京オリンピックを目前に控え、日本の文化に注目が集まる今だからこそ、改めて日本人とお米の関係について考えてみました。
2018年は、お米のターニングポイント
2018年になり、お米を取り巻く環境が大きく変わりました。それは、コメの生産調整(減反)の廃止。1971年に本格的に始まった国の減反政策は、国が生産数量の上限を決め、生産者に配分し、減反に協力すると補助金がもらえるというもの。しかし、これからは国による米の生産調整が廃止され、生産者は自らの判断で生産量を決めることになります。これによって、たくさん作りたいという農家が増えれば、米の供給過剰による値崩れが起きる可能性もあるため、不安を抱える農家も少なくありません。
そんな不安な現状がある一方、次々と新しい米の品種が生まれています。現在、日本で生産されているお米の品種は、なんと500種以上。交配を繰り返しながら実験と研究を繰り返した結果、その土地の環境や気象変化に適した品種、年々進む温暖化に備えた、暑さに強い品種、また、粘り気や甘味が強く、日本人の味の好みに合った品種など、毎シーズン新しいお米が生まれているのです。2018年の秋には山形県の〈雪若丸〉、宮城県の〈だて正夢〉、富山県の〈富富富〉などの新品種がデビュー。その味を食べ比べて違いを見つけるのも楽しそうです。
お米を取り巻く環境が変化する中、新しい品種が毎年誕生し、お米自体の選択肢も増えています。ターニングポイントを迎えた今だからこそ、独自の取り組みを進める農家さんや、流通業者さんに焦点を当て、お米を作ること、売ること、そして食べることの今と未来を探ることにしました。
「手づくり、手わたし」の想いで米農家の新しい未来を切り拓く、
〈カネサオーガニック味噌工房〉
作業を効率化し、大量生産を目指す農業が主流の中、時代の流れから一歩引いて、新しい農法やコンセプトを持って取り組みを進める農家さんたちがいます。ここでは、宮城県で有機農業に取り組むお米農家の2代目安部陽一さん、妻の光枝さん、息子の陽介さん、そして東京で直営店〈カネサオーガニック味噌工房〉を切り盛りする娘の美佐さんにお話を伺い、農家の視点から未来を考えます。
きっかけは食や環境への関心の高まりから。
宮城県の北東部に位置する遠田郡美里町でお米農家を営む安部一家。52ヘクタールもの広大な土地で、お米や大豆や玉ねぎなどをほぼすべて有機で栽培しています。2代目の陽一さんが無農薬栽培を始めたのは約25年前。「息子がアトピー性皮膚炎を患っていたことから、食に関心を持つようになりました。調べてみると農薬は体にも環境にも良くないことがわかり、農家として何か取り組めることはないかと考えていたところ、身近に無農薬栽培を行っている知り合いがいて、勧めてもらったんです」。同時に、その頃から気象の変動が激しくなっていて、多収穫を目指す農業に限界を感じていたこともきっかけのひとつでした。
そもそも、有機栽培には、有機JAS規格と呼ばれる国の認証制度があります。「“有機栽培”や“オーガニック”という名称は、認証を取らなければ使うことは出来ません。生産工程において国が定めた基準に則り、殺虫剤や殺菌剤、除草剤、化学肥料などを使わず、国が認定する第三者機関(自然農法国際研究開発センター)による検査をクリアしてはじめて認可がおります。2001年にこの認証制度ができると、うちもすぐに認可を受けました」。以来現在に至るまで、栽培期間中、農薬や除草剤、化学肥料を一切使わず、手間暇をかけて有機栽培を家族と少数の従業員だけで続けてきた安部一家。「農薬や化学肥料を使わないことで、畑の土も自然と良く変わっていくんです。1年目からその変化は少しずつ見えてきて、3年目には明らかな違いが出てきましたよ」と陽一さんは話します。
※有機JAS規格
2001年に農林水産省が制定した。この規格では、有機農産物のことを「生産から消費までの過程を通じて化学肥料・農薬等の合成化学物質や生物薬剤、放射性物質、遺伝子組換え種子及び生産物等を全くしようせず、その地域の資源をできるだけ活用し、自然が本来有する生産力を尊重した方法で生産されたもの」と定めている。
※無農薬、化学肥料不使用
文中の無農薬、化学肥料不使用について、栽培期間中を指す。
オーガニックの食材を世の中の選択肢のひとつに。
有機栽培を始めた当初は、世の中では、無農薬での農業をする人=変わり者というイメージがあったのだとか。そのイメージも、今ではガラリと変わりました。「オーガニックに注目が集まり始めたのは、ここ10年くらい。テレビなどでもよく目にするようになり、新規で就農する方も有機農業を目指すなど、農業に対する考え方も多様になってきたように思います」。スーパーにも有機農産物のコーナーができるなど、新しい取り組みも登場し始めました。
それでも、値段の高さや認知度の低さがあり、いまだに定着には至っていません。そのような現状を一家はどのように捉えているのでしょうか。「国産というだけですでに安全なイメージがあるので、さらにオーガニックを選択するところまでいかないという人がほとんどだと思うんです。有機の農作物は、環境に良く、体にも良いのですが、農薬を使った普通の農産物が一概に悪いと言えるわけではないですよね。だから、どちらも選べる環境が良いのではないでしょうか。選択肢のひとつとして定着すれば嬉しいですし、料理に使う食材の一部にオーガニックのものを取り入れるなど、最初の一歩は些細なことでもいいのかもしれませんね」。
動き出した6次産業化。
また、安部一家は有機の認証を受けた加工施設を2014年の10月に開設しました。ここでは、米を使って麹を作ったり、大豆で味噌を作ったり、有機野菜でドレッシングを作ったりなど、有機の原料で加工食品を作っています。光枝さんは「大きい農家をやっていると、お米だけではリスクも大きいので、6次産業をやってみるのはどうだろうと考えたんです。うちには大豆もお米もあるので、これでおいしいお味噌ができればと始めました」と話してくれました。
※6次産業化
生産物の価値を上げるため、農林漁業者が、農畜産物や水産物の生産だけでなく、食品加工(2次産業)、流通・販売(3次産業)にも取り組み、それによって農林水産業を活性化させ、農山漁村の経済を豊かにしていこうとする取り組みである。なお、「6次産業」という言葉の6は、1次産業の1×2次産業の2×3次産業の3のかけ算の6を意味している。
当初は、良いものであればスムーズに売れると思っていた光枝さんですが、思わぬ壁に直面してしまいました。「オーガニックであることと、手作りであることによって、どうしても価格が高くなってしまうんです。店舗に流通させるには、ある程度の量が必要ですが、大量生産ができない現状では契約まではなかなか結びつかず……。オーガニックを求める消費者との繋がり方、出会い方に悩んでしまいました」。
世田谷・松陰神社前での新たな挑戦。
消費者と繋がる方法を模索していた時、東京にいる娘の美佐さんの協力で、青山のファーマーズマーケットに出店をすることができました。その時のお客さんの反応は予想外にとても良いものだったのだそう。「皆さんオーガニックのことをよく知っていて、手作りの魅力も理解していただける。リピーターになってくださる方もいて、すごく驚きました」。そこで、思い切ってお店を持つのが良いのではないかという美佐さんのアイディアがありました。悩んだ末に行き着いたところが、作る量を自分たちで決めて手渡していく方法、お店を出すという決断です。以前は広告代理店に勤めていた美佐さんは「働く中で、もっと自分らしく、好きなことを仕事にできないかなと考えていたある時、母から週末だけでもいいから実家のことを手伝ってくれないと誘われて、働きながら青山のファーマーズマーケットに出店するようになったんです。続けていくうちに楽しくなって、本業にしていきたいと思うようになりました」。
2017年9月、直売所として世田谷・松陰神社前に〈カネサオーガニック味噌工房〉は満を持してオープン。店内には、お米や味噌はもちろんのこと、醤油麹や甘酒、ドレッシングなど、宮城の工房で作った商品がずらりと並びます。「お洒落すぎて逆に手に取りづらくなってしまうのは嫌だなと思っていたので、パッケージはできる限り飽きのこないようなシンプルなデザインにしました」と美佐さんは話します。
松陰神社前のあたたかい雰囲気に惹かれて出店を決めたという美佐さん。「初めて町を見に行った時に、地域のおじさんが、お店を出すことを考えているなら紹介したい人がたくさんいるから、と商店街中を連れ回してくれました(笑)。もうここしかないなと思いましたね」。商店街のアットホームな雰囲気にお店の未来を委ねることにしました。商店街という場所を選んだからには、地域に貢献できるお店にしたいと話す美佐さん。「日々お客さんからもらう要望を聞いて、便利に利用してもらえるお店にしていきたいなと思います」。お餅が欲しいというお客さんの要望に応えるべく、今はもち米の植え付けも検討している安部一家。お客さんのニーズに作物から対応できるところは、家族で生産から販売まで一貫して行うメリットです。
農家としての新しい道を切り拓く。
最後に、今後挑戦したいことはありますか?と美佐さんに尋ねてみました。「お店は長く続けられたらいいと思っていますが、ずっとこのお店だけ、ということは考えていないんです。家業のことを「やらなきゃ」と思うのではなく、自分のやりたいことをやって、結果的に家業に貢献できている、というのが理想。例えばお米とお味噌を使って移動販売をするなど、来年何をやってみたいかなと気楽に考えているところです。両親も後押ししてくれています」。
また、宮城の陽一さん、光枝さん、陽介さんにも今後について尋ねてみました。「東京のお店が、地域に定着して安定的に続けていけたらいいですね。とはいえ、生産の基盤はあくまでも宮城の農地と工房。それはきちんと忘れずに続けていきたいと思います。さらに、農家が直接販売する拠点を持つことを、今までにない成功事例として世の中に示すことができたらいいなと思っています。農家が手づくりし、手わたしをするというスタイルが受け入れられる道を拓いていきたいです」。
日々、丁寧な農業を続ける宮城の生産拠点と、若いアイディアで消費者との接点を生み出す東京の直営店。この連携プレーが、農家のこれからを切り拓いていきそうです。
カネサオーガニック味噌工房 松陰神社前
〒154-0023 東京都世田谷区若林4-17-11 TSビル1階
営業時間:10:00〜19:00
定休日:不定休 ※店頭/Facebookにて都度お知らせします。
5つ星お米マイスター・片山真一さんに聞いた、
お米を選ぶこと、食べることの未来
これまでF.I.N.に登場いただいた方の中に、お米の魅力を語ってくれた方がいます。
岡本敬子さんは、自身の美しさを支えている食事は「白米」だと語り、真鍋太一さんは、自宅の食卓に欠かせないという「米粉」を紹介してくれました。
そして、日本人のソウルフードである“おむすび”の新しい魅力を提案している〈山角や〉の水口拓也さんは、自身が頼りにしているお米屋さん〈隅田屋商店〉を教えてくれました。新しい品種や農法など、お米の選択肢が増え続ける今、目利きとして私たちにおいしいお米をセレクトしてくれる〈隅田屋商店〉。6代目で、5つ星お米マイスターの資格を持つ片山真一さんに、おいしいお米の選び方、食べ方、そして未来のお米についてお話を聞きました。
お米選びはプロの目利きに任せるという方法
———隅田屋商店はどんな特徴のあるお米屋さんなのですか?
お米本来の旨みや味わいに立脚したオリジナルブレンド技術を持っているところが大きな特徴です。スーパーには県産銘柄100%のお米がずらりと並び、ブレンド米は安いお米とカテゴライズされますが、うちはブレンドすることを付加価値と捉えています。1905年に業務用のお米屋さんとして創業して以来培ってきた、お客様の用途に合わせてブレンドするノウハウを生かして、小売用の展開も行っています。
———他に特徴はありますか?
古式精米という昔ながらの方法を採用しています。お米は糠の直下に旨み層が残っていて、一般精米機は、白度を高めるためにお米を削りすぎて、旨みまで削り取ってしまいます。古式精米であれば、皮を薄く剥くことができ、旨みを残すことができるんです。その代わり、うちのお米は少し黄色みがかっています。
———お米の旨みを引き立てるためのブレンド技術であり、精米方式なんですね。
お米のおいしさには食感、香り、形状など様々な要素があり、おいしさの基準は人それぞれですよね。さらに、品種改良も進み、まずいお米はほぼないんです。その中で、うちは銘柄のブランド力ではなく、隅田屋ののれんを立てて、うちなりの旨みを追求したいと思っています。だから商品の種類はできるだけ少なくしているんです。
———目利きとして、あえて絞って提案していると。
もちろん、自ら選択する楽しみというのもありますよね。ただ、何十種類もある銘柄米を買って食べ比べるのは大変だと思います。そこでうちは、お客さんの代わりに毎年味の変わるお米を食べてオリジナルでブレンドをしているんです。「選ぶところはプロにお任せください」ということなんです。
日本人がおいしいと勘違いしている3つの“○○たて”
———家庭でのお米の食べ方について何か感じることはありますか?
主食なので、炊けない人はいないイメージがあると思いますが、炊き方をきちんと教えてもらった人はいないのではないでしょうか。もっと良いお米が欲しいとおっしゃる方の多くは、炊き方を少し改善するだけで格段においしく感じていただけると思います。
———たしかにきちんと習ったことはないですね。
そうですよね。皆さんお母さんなどから何となく受け継いだ方法で炊いているのではないでしょうか。それは、昭和30年以前に主流だったお米の認識を、ずっと継承しているということなんです。例えば、お米でおいしいイメージのある3たて、採れたて・精米したて・炊きたては誤りなんです。“炊きたて”と言われてどんな場面を想像しますか?
———うーん……。炊飯器を開けてすぐの状態のご飯のことでしょうか?
そうですよね。でもそれは、出来立てのことなんです。昔は、土間にあるかまどで炊くのが普通なので、出来たお米をおひつに入れ替えて母屋に持っていく時、どんなに急いでも、温度は出来立ての98度から70度まで下がっていたと言われてます。一方今は、当然母屋に炊飯器があり、出来上がると自動的に保温モードに入ります。これは、出来立てのまま保管されているということなんです。98度では、人間の舌は甘みも旨みも感じません。ご飯が出来たら攪拌し、粗熱を飛ばして温度を落としてください。ベストは45度~55度くらい。人間の肌に心地よい温度帯で召し上がっていただくと、旨み、甘み、香り、食感が最高になりますよ。
———すごく納得できますね。採れたて・精米したてにはどんな勘違いがあるのでしょうか。
「新米が最もおいしい」というのは、保存方法が悪かった時代のことです。昔は野積みといって、その場に置きっ放しにするので、6、7月になるとまずくなってしまうんです。しかし今、一般に流通しているお米はほぼ100%、玄米の段階から冷蔵倉庫で保存されます。劣化せず、むしろ新米と比べて旨みが凝縮していておいしいくらいなんです。また、精米というのは、玄米の皮をむくこと。圧力でむくので、一般精米機の場合はむく時に熱を持ちます。熱を持っている段階で水に触れると、お米はヒビが入ってしまうんです。それが炊飯中の対流によって割れてしまって、下に糊のように残って対流を防いでしまい、良いお米でもおいしく炊けなくなってしまうんです。精米でお米にストレスをかけたのなら、3、4日は寝かせてから召し上がった方がよいでしょう。
———本当に知らないことばかりですね。
お米のことをお伝えする場所がないからです。スーパーの台頭やお米屋さんの減少により、対面でお米を買うという習慣がなくなってしまいました。うちはお米を売るだけではなくて、炊き方の講習会や指導もして、少しずつお伝えするようにしています。
主食ではなく、日本人のルーツとして。
———これからの将来、「お米」をどのようにしていきたいですか?
悪い意味での「主食」を取り払いたいです。お米は各家庭で決まったものがある、保守的な商材だと思います。今までのお米屋さんは、毎日食べるお米を変えてもらおうとするので、銘柄のブランド力をアピールしたり、値段を下げたりすることに注力するのですが、普段は今までのものを食べてもらって、特別な時にだけ少量パックで売っている良いお米を買ってもらえればいいのではないかと思います。
———日本人がお米を食べなくなっているという背景もありますが。
消費量が下がるのは、自然の原理として仕方ないことで、もっと多様性の一つになっていいと思っていますよ。パンを食べてもいいし、料理に合わせてタイ米を食べるも良し。他の食材を食べることで、日本のお米の良さもわかるようになるとも思います。海外から帰ってくると、改めて和食のおいしさを感じるように、お米を食べることで日本人としてのDNAが呼び覚まされる、そんな感覚があればいいような気がしますよね。
———多様性の一つとして、さらに日本文化の一部として米は未来も定番であり続けるのですね。
海外で売ると、日本のお米の素晴らしさに改めて気付かされます。カリフォルニアでは、日本米の市場価格がカリフォルニア米に比べて6倍くらい高くなってしまうんですよね。ですが、富裕層に対しては一定程度以上売れるんですよ。それは、冷めてからもおいしいことや、日本米特有の甘みなどを評価してもらえているから。食の多様化が進む中、海外の人から見ても、日本料理と一緒に食べたいと思うお米は現地のお米ではなく日本米です。だから日本の食文化が広まれば、日本のお米は確実に広がると思います。
隅田屋商店
〒130-0005 東京都墨田区東駒形1-6-1
TEL:03-3626-1135
営業時間:9:00〜18:00
定休日:日曜、祝日