2021.07.21

香りと言葉をつなぐAIシステム「KAORIUM」が導き出す“安らぐ香り” の本質とは?

世の中には、人間に安らぎをもたらす香りが存在します。その香りを感じると、ほっと心が落ち着いたり、深呼吸したくなったり。でも、安らぐ香りとは、いったいどのような香りなのでしょうか。よくよく思案してみても、意外とぼんやりしているものですよね。

 

それを考えるためのヒントをくれるのが、香りという曖昧な感覚と言語表現を相互に変換し、紐づけるAIシステム「KAORIUM(カオリウム)」。安らぎの香りの本質を探るべく、開発を手掛けたSCENTMATIC株式会社代表の栗栖俊治(くりす・としはる)さんのもとを訪ねました。

AIが香りと言葉を結びつけ、

新しい情動の体験。

KAORIUMは、膨大な言語表現と香りの印象を学習した最先端のAIを活用して、これまで言葉で表現しにくかった香りを、より具体的な表現につなげるシステムです。言葉から感じられる香り、香りからイメージされる言葉、それぞれの切り口から双方を結びつけ、「香りと言葉の融合体験」を叶えることができます。

 

「香りというのは、抽象的でアバウトな言葉で表現されることが多いですよね。香水であれば、フローラル、スパイシー、エレガントのような言葉。でも、実際は人によって感じ方というのはさまざま。もっとしっくりくる言葉があるかもしれません。その言葉を探したり、逆に言葉から香りを導き出したりできるのがKAORIUM。インターネット上の膨大な言語表現を学習したAIによって、香りと言葉を相互に変換できるシステムです」(栗栖さん、以下同)

視覚や聴覚など、他の五感と嗅覚が異なるのは、情動に直結しているところ。嗅覚は“原始の脳”とも呼ばれる、脳の大脳辺縁系で処理されます。大脳辺縁系で処理された香りの情報は、感情とダイレクトにつながり、理性や知性で分析することが難しいとのこと。さらに香りは記憶と密接にかかわっているそう。たとえば「初恋の人が使っていた香水を嗅ぐと甘酸っぱい気持ちがよみがえる」のは、こうした脳内の処理プロセスによるものかもしれません。

 

「言葉で香りを表現するのが難しい理由のひとつには、経験によって捉え方が大きく変わることが挙げられます。その香りをどう感じるかは人それぞれの経験によって異なるので、絶対的に正しい香りの表現はありません。また、鼻の中にある嗅覚受容体と呼ばれる香りをキャッチするセンサーも、DNAによって異なるため、人によって強く感じる香りとそうではない香りがある、という違いもあります」

 

人によって異なる香りの感じ方。その感度や解像度を高め、香りの豊かさをより深く感じとるために栗栖さんは、KAORIUMを開発したといいます。現在までに、フレグランスショップや日本酒バーなどに導入され、香りと言葉の融合体験を提供してきました。

「言葉には、感情を増幅させる力があります。たとえば、視覚や聴覚で考えると分かりやすいかもしれません。人物を描いた絵画を鑑賞すると、『何を想っている表情なんだろう』『色彩がきれいだなと』いった抽象的でモヤモヤっとした感覚が生まれますよね。

 

一方、漫画は同じように人物の絵を視覚で捉えているものの、セリフがついていることで、絵画を鑑賞しているときの情動とは異なる感覚になるはずです。音楽も同じで楽器だけの楽曲と、歌詞がついた楽曲とでは、聴いたときの感情の揺れ動きに違いがあります。

 

このように、言葉には五感がもたらす体験を変える力があるのです。では、香りはどうかというと、言葉との紐づけが難しく、『何となくいい匂い』とか『好きか嫌いかでいうと好きな香り』のように、五感の中でも言語化しにくい感覚です。KAORIUMを使った体験を通して、香りがもたらす新しい情動を実感していただけるのではないかと考えています」

実際にKAORIUMを体験した人からは、「香りの感じ方が変わった」「自分にとっての言葉から連想する香りがはっきりするようになった」「言葉を意識することで香りを選ぶときの軸ができた」という反響が多いそうです。また、感じ方の違いをシェアすると会話が盛り上がるところも、KAORIUMならではの面白さ、とのこと。

香りが言語化されることで、「選び方」が進化する。

ではKAORIUMは、その人にとっての“安らぐ香り”を、どのような言葉で表現してくれるのでしょうか。香りを使って、実際に体験してみました。

 

まず、タッチパネルに表示された“安らかな”という言葉を選びます。するとAIが香りのデータベースをもとに、“安らかな”に紐づく香りを光で示してくれます。

順番に香りを嗅いでいき、最も“安らかな”印象に近いと感じた香りを選びます。

手前のセンサー(茶色のトレー)の上に置くと、その香りから想起される言葉がさらに表示されます。

自分が感じた“平穏な”という言葉をタッチして選んでみます。

“平穏な”に紐づく香りは3つに絞られました。この3つのボトルをまとめてトレーに置くと、共通する言葉がマッピングされます。

そして最後に、香りから連想される景色のイメージが言葉で表現されます。“安らかな”という言葉を手がかりに、選んだ香りから連想される安らぎのイメージは、「青空に泳ぐこいのぼり」でした。

安らぎという抽象的な言葉に、違う言葉を重ねていき、最後により立体的になっていく感覚。言葉から香りを選ぶ操作を繰り返すことで、自分にとっての安らぎの香りに共通する言葉が浮かび上がってきました。

 

「KAORIUMには、言葉から香りを見つける導線と、香りから言葉を見つける導線の2つがあります。今回は“安らかな”という言葉から香りを見つけてもらいましたが、これは『自分はこの香りに安らぎを感じているんだ』という発見につながる体験。逆に、もし感覚的に好きだと感じる香りを言葉で表現したいときは、香りを嗅ぎくらべながら言葉を見つけるといいかもしれません」

 

2019年3月には、言葉を意識しながら香りを嗅ぐと、感覚を司る右脳だけではなく、分析を司る左脳も活発化することが東京大学の研究で明らかになったといいます。つまり直感的に香りを嗅ぐ行為から、言葉を意識して嗅ぐ行為に変えると、右脳と左脳の両方が働き、より多角的に香りを捉えられるということです。

 

「香りと言葉が融合することで、その人にとって香りの選択肢が増えるのではないか、と考えています。たとえば、『この香水は(感覚的に)好きだから毎日つけよう』という発想だけではなく、『今日は大事なプレゼンがあるから、(自分にとって)誠実さを感じる香水をつけて自信につなげよう』というように、シチュエーションによって香りを使い分けることで、セルフプロデュースもしやすくなるのではないかと思います」

香りは、“嗜好の多様化”の時代へ。

自分にとってしっくりくる安らぎの香りを見つけることで、どのような好影響がもたらされるのでしょうか。栗栖さんは、次のように説明します。

 

「人間は活動的になるときに優位になる交感神経と、リラックスするときに優位になる副交感神経、両方のバランスがちょうどいい状態が理想だと思うんです。交感神経ばかり活性化して、副交感神経を使う時間が相対的に少なくなると、メンタル不調に陥りかねません。そのため、安らぎの必要性を突き詰めて考えると、人間が心身ともにイキイキと楽しく生きていくために不可欠だといえるのではないでしょうか」

安らぎを創出する方法は、香り以外にもありますが、香りならではの良さとは“手軽さ”だと栗栖さん。

 

「香りをシュッとひと吹きするだけで、瞬間的に安らぎの感覚を呼び起こすことができます。特にコロナ禍でなかなか外出できず、ずっと家にいることがストレスだという人も少なくないかもしれません。そんなとき、気分転換の手段として、フレグランスなどの香りは有効だと思います」

 

最新のテクノロジーによって、香りに一歩踏み込めるようになった今。香りは感覚だけではなく、より的確な言語で理解できるようになりました。

 

「香りの言語化によって、香りを探しやすくなるだけではなく、なぜ自分がその香りを好きなのかを考えるきっかけになります。それは感性を高めることであり、クリエイティブなこと。ひいては新たな香りの創造にもつながるはずです」

 

今後、KAORIUMが広がりを見せ、香りの言語化が当たり前になると、よりパーソナライズされた香りの商品も開発される、と栗栖さんは展望します。

 

「この10年で、小売店のアロマディフューザーの大ヒットをきっかけに、香りへの関心が一気に高まりました。また、柔軟剤もかつては消臭を売りにしていたものが多かったのですが、ここ最近は多種多様な香りの商品が開発されています。現在の日本は、いわば“香りの大衆化”のフェーズ。これからは、さらに嗜好の多様化の方向に進むと思います。そのときに人が求めるのは、オンリーワンな香り。KAORIUMは、一人ひとりの好みを明確化するだけではなく、その嗜好に合わせた香りづくりにも活用できると考えています」

Profile

SCENTMATIC株式会社 代表取締役 栗栖俊治(くりす・としはる)

慶応義塾大学大学院を卒業後、NTTドコモにて10年間、携帯電話やスマートフォン向け新サービス・新機能の企画開発に従事し、iコンシェル、しゃべってコンシェル、音声認識機能、GPS機能等のプロジェクトリーダーを担当。2015年より3年間、NTTドコモ・ベンチャーズ シリコンバレー支店へ出向。数々のシリコンバレースタートアップを発掘し、NTTドコモ本社事業部門とスタートアップとの協業実現や出資に成功。2018年に日本へ帰国後、香りの超感覚体験をつくる共創型プロフェッショナル集団、SCENTMATIC株式会社を創業。

【編集後記】

絵画に言葉が掛け合わされると「漫画」という新たな魅力が生まれ、音楽に言葉が重なると「歌」が流れ始める。

今回、実際にKAORIUMを体験させて頂き、自分の選んだ心地よい香りに浸りながら、その香りに紐付いた自分を癒す言葉が、次々とふわり、ふわりと連続して画面上に浮かび上がる感覚は、何とも心地よい時間でした。

この香りと言葉の情緒的な融合体験=「KAORIUM」は、今まで経験したことのない新たなリラクゼーションを感じました。

(未来定番研究所 出井)