2018.12.06

古書店・二手舎が希少本『プロヴォーク』を復刻した理由

1968年11月に創刊され「アレ、ブレ、ボケ」など写真史に大きな痕跡を残した同人誌『プロヴォーク』。現在は入手困難な希少本となり、現物を手にしたことのある人は少ないのが現状です。それから50年の時を経て、写真集やアートブックを中心に様々なジャンルの古書を取り扱う二手舎が完全復刻版を刊行。特設サイトには、“より買い求めやすい価格で復刻し再び世に問うてみたい”という店主の想いとともに、“古書として再販売する際は当初の定価を超えての販売はいたしません。”という言葉が添えられています。そもそも古書店であれば、希少な本を買い取り、そのまま販売すればいいのでは。なぜ、復刻版の再販時にもプレミアをつけないのか。古書ビジネスの逆張りとも取れるその活動から、出版や流通についての未来を探ります。

Profile

東方 輝/古書店店主

東京・吉祥寺の古本屋での勤務を経て、2012年に独立し二手舎を始める。東京の事務所は完全予約制でご来店可能。2017年には台湾の台北市にブックギャラリー「NITESHA BGTP」をオープン。詳しくはホームページをご参照ください。https://www.nitesha.com/

古書店なりの転売問題への対処法

 

F.I.N.編集部

市場でも高い価値を維持する希少な『プロヴォーク』という同人誌を、なぜ古書店である古書店である二手舎が復刻したのか。その理由から教えてください。

東方さん

二手舎をはじめて6年くらい経つのですが、ここまでよくやってきたなという気持ちもあるんです。古書店は売ってくれるひとと買ってくれるひとで成り立つ、ちょっと特殊な仕事じゃないですか。『プロヴォーク』を復刻することは社会的な意義もあるだろうし、何よりも買いやすい値段にすることでお客さんへのお礼になるかなと。

F.I.N.編集部

版権など、あえて完成までのハードルが高そうなタイトルを選ばれたのはなぜでしょう?

東方さん

キッカケがあるとしたら、去年ぼくらが企画した6、70年代の日本の写真集を集めたブック・エキシビジョンですね。そのときにプロヴォークのオリジナル版も展示したんですけど、高いものなので特注でつくったアクリルのボックスで保護していたんです。

ただ、なかには実物を見せてほしいというひともいるので、1ページずつ丁寧に見せるじゃないですか。そうすると周りに人だかりもできるし、なんだかすごい高級品みたいになってしまって……。実際そうなんですけど、同時に違和感もあったんです。そのときに「もうちょっと普通に読んでもらえたらいいんじゃないかな」って。そのあと直感的にやることを決めたんですけど、深層心理にはその経験がありました。

F.I.N.編集部

特設サイトには、“古書として再販売する際は当初の定価を超えての販売はいたしません。”と謳っていますよね。商売上、再販のタイミングで高騰させることもできるのに、あえてやらない。そこに、あたらしい流通の未来があるように感じています。

東方さん

二手舎でも、絶版になった本を当時の定価より高く売ることはあり得ます。でも、この本に関してはやめようと思っていて。写真集はもともとの部数が少ないので、人気があれば絶版になりやすいんですね。最近、というわけでもないですが、それを見越して多めに買ってあとで高く転売するひとを見かけることもあって。

供給できなくなった時点で需要と供給のバランスで値段が決まっていくものなので、出版社側が品切れない限り、誰かが高騰させることは出来ないじゃないですか。なので、また戻してもらえれば、発売時と同じくらいの価格で流通させることができるかなとは思っています。

F.I.N.編集部

いま、オリジナル版の古書流通価格は幾らくらいですか?

東方さん

お店によるので一概に言えないのですが、3冊セットで100万円以上はすると思います。例えば川田喜久治の『地図』っていう写真集も同じくらいの価格帯で取引されています。ただ、『地図』は復刻されているのでぼくがやらなくてもいい。そうやってみていくと、これだけが取り残されていたので、それも復刻を手がけた理由のひとつですね。

 

製本時の裁ち落とし部分まで再現

F.I.N.編集部

今回、どこまで忠実に再現されているのでしょう。

東方さん

当時の時代の性質や製法が少し異なるので全く一緒ではないですが、1号と2号の表紙はオリジナルと同じ紙質です。3号も同じ紙質ではあるんですが、厚さだけ違います。同じ厚さの紙が絶版になっていたので、どうしようもなくて。表紙以外の紙も印刷所や製紙会社と検討して、ほぼほぼ同じ雰囲気に仕上がっていると思います。

F.I.N.編集部

『THE JAPANESE BOX』(*1)のファクシミリ版『プロヴォーク』との違いで、当時は権利関係の都合により削除されていた岡田隆彦氏のテキストまで掲載したそうですね。同人のなかには亡くなられているかもいらっしゃいますし、版権の問題だけでも大変だったのでは。

*1『THE JAPANESE BOX』

ドイツの出版社Steidl(スタイトル社)から刊行された、戦後日本写真史における稀少写真集の復刻版。

東方さん

権利関係はそこまで苦労しなかったんですけど、その後の作業の方が大変でした。本というのは製本時に天・地・小口を裁ち落とすので、各辺が3ミリくらいカットされるんですね。今回の復刻版は誰もオリジナル原稿を持っていなかったので原本をスキャンしているんですが、そうすると製本前の原稿から最終的に上下で6ミリ、小口の3ミリが切れてしまうことになる。

それで、オリジナル版が製本時に断ち落とした部分を「こうなってるだろう」という架空のデータを印刷所で継ぎ足してもらいました。そうすることで、ほぼ製本時に切れている量と同じはずです。

「写真集ってなんなのかわからない」

F.I.N.編集部

すごいこだわりようですね。復刻版の3冊セットには、二手舎オリジナルの翻訳版まで付録でつけていますよね。

東方さん

この本は、写真とおなじくらい文章が重要なんですね。研究者にとっては待ち望んでいたものかもしれないし、世界中のひとたちにも(プロヴォークとは)なんだったのかを検証するための素材だと思ってもらえればいいなって。

F.I.N.編集部

いまこの時代に写真集を所有する意味、それは何だと思いますか?

東方さん

難しいですよね。写真集ってなんなのか、本当にわからない。わからないけど魅力があって、その“なんとなく”を説明できたら、写真集というジャンル自体がもっと注目されると思っています。それでいま、科学的な裏付けをとりたいなって考えているんです。

前に活字の読書が脳に与える影響についての研究記事を読んだことがあるんですけど、じゃあ写真を見たときには脳でどんな変化が起きるのか。例えばアルツハイマーの予防につながるといった結果が出たとしたら、写真集を見ることがより一般化して、健康志向で売り上げもあがるかもしれないですよね。

F.I.N.編集部

意義はあれども、また大変そうな作業ですね。プロヴォークもそうですが、誰もやらないなら自分がやるしかない。

東方さん

ほんとは誰かにやってほしいんですけどね。「写真集ってなんなのかわからない」という曖昧さが魅力だってひともいると思いますけど、ここから先のことを考えたら写真集に対する認識変化させたほうがいいんじゃないのかなって。

古書店もいまのままでは厳しいと思いますし、入ってきたものをすぐに売るのでなく、自分のところに留めて別の価値で組み直してみて、これまでとは違う方法で提案してから売る――。

ぼくも通常業務だけではなく、こうして出版をはじめたり展示を企画したりしていますけど、古本屋の幅は広がってきている気がします。古本屋は元になる素材が集まってくる場所という強みがあるので、それを活かして生きていくしかないですよね(笑)。

「ものを仕入れて売るだけでは、やっていけない・・・」と東方さんがおっしゃっていましたが、これは古書店だけでなく、小売業全体が抱える課題なのかもしれません。だからといって、悲観的にはならず、どうしたら良いかを前向きに考え、古書店業という枠にとらわれずに復刻プロジェクトや書籍の展示イベントを行うなどして新たな価値をつくっている二手舎の姿勢の中に、小売業の課題解決のヒントがあるのかもしれません。

(未来定番研究所 菊田)