藤原美智子×山村博美 美しさの未来対談。<全2回>
2019.05.15
女性が活躍できる社会の必要性が叫ばれる今、自らのキャリアを積み上げるために、”産まない”選択をする女性、仕事に追われて適齢期を逃す「社会的不妊」に悩む女性も少なくありません。そうした現状で女性の選択肢のひとつとして注目されているのが「卵子凍結」。不妊治療をする女性や、未婚女性の卵子凍結保存をサポートし、女性の人生づくりを複合的に支援するプリンセスバンク株式会社の代表であり、生殖工学博士の香川則子さんに、「卵子凍結」とはどのような技術なのか、さらには海外、国内での現状について話を伺い、女性たちが自ら選択・決定し、自分らしく働き続けられる未来を考えます。
開発した技術を、困っている人たち、必要としている人に役立てたい。
F.I.N.編集部
プリンセスバンクでの活動を始められたきっかけを教えてください。
香川さん
本来技術開発研究者としては、研究だけをすることは知的探究心を追求できて楽しいことです。しかし自分が開発した新しい技術を学会発表して終わりではなく、今目の前の困っている人たちが、その技術を必要としていて役立てることができるのであれば、最大限に効果を享受して欲しいと思い、2014年に「プリンセスバンク」を立ち上げました。卵子凍結がどういう人たちに向いているのか、役に立てるのか、そのメリットやデメリット、コスト面も含めてきちんと伝えていきたいと思っています。おすすめするのではなくあくまでひとつの提案として、卵子凍結をすることで、人生の一番いいタイミングで凍結卵子という「隠し球」を使えるかもしれないということを伝えたいと思います。正しく理解しておけば使いどきを誤らずに使えますし、できるだけ望むような形で活用して欲しいという気持ちがあります。
F.I.N.編集部
プリンセスバンクへ相談にいらっしゃる方はどんな方が多いのでしょうか?
香川さん
相談にいらっしゃる方の平均年齢は、37歳です。キャリアが落ち着いて、やっと安心して結婚・出産したいと思ったタイミングで、パートナーがいない状況の方、40歳を目前に急に子供を産みたいと思った方などさまざまです。そして、相談にいらっしゃる30代後半の方に共通する問題が、妊娠・出産への正しい知識を持っていないこと。「産みたい、産めたらいいな」という漠然とした希望は持っているものの、具体的には向き合えておらず、いつかの妊娠にきちんと備えられていないという人もたくさんいらっしゃいます。
将来に備える保険としての「卵子凍結」。
F.I.N.編集部
「社会性不妊」という言葉があるほど、現代女性の不妊は社会的な問題でもありますが、その原因や背景にはどのようなことがあるのでしょうか?
香川さん
この問題は日本だけでなく、イギリスでは『life changing』、アメリカでは『social reason』と呼ばれていて、キャリアを積み上げるために“産まない”選択をする女性や仕事に追われて産みどきを逃してしまう女性が増えていることは、世界的に社会問題となっています。女性にとって選択肢は確実に増えてはいるものの、なかなか自分の人生を自分の意思で選ぶことが難しい状況にある人が多いようです。
F.I.N.編集部
そうなのですね。そういった悩みを持つ女性にとって「卵子凍結」はどう役立てることができるのでしょうか?
香川さん
卵子凍結は、2000年頃から始まった、ヒトの卵子を採卵して凍結保存するという技術です。当時は今よりももっと女性がキャリアを積みづらい時代でした。結婚や出産が出世の足かせになってしまい、第一線で活躍する女性は極端に少なく、そのほとんどが“パートナーなし”“子なし”。当時のファッション誌では、「卵子凍結は女性を自由にする」と紹介もされ、女性たちの期待が高まりました。通常、自然妊娠でも15%程度は流産が起こりますが、30代後半になるとさらにその確率は高まります。30歳で卵子凍結しておけば、40歳で使ったとしても出産率は30歳の卵子と同じ。私は、37歳と39際で出産を経験しましたが、34歳までに3回の採卵で40個の卵子を保存。妊活をしながら2回とも自然妊娠でしたが、卵子凍結が保険になったおかげで気持ちにも余裕を持って妊活ができました。年齢が高くなるにつれ、悪性腫瘍や橋本病、バセドウ病など、ホルモンバランスに異常が出る人も増えます。治療を目前にして初めて妊娠や出産に不安に感じ始めるのではなく、卵子凍結で若く健康で余裕のある時に備えておくと安心です。最近は2人目不妊(第二子の妊活での不妊)も多く、予想外に妊娠しづらいという時にも役立ちます。
F.I.N.編集部
保険があると思うと気持ちにも余裕が持てますね。プリンセスバンクでは、実際にどのくらいの女性が卵子凍結をしていますか?また、費用はどのくらいかかるのでしょうか。
香川さん
卵子凍結についてお話しするセミナーや個別カウンセリングを実施していますが、これまでに約2000名の女性が相談に来て、実際に卵子凍結で卵子を保存している方は、約500名です。費用は、一回の採卵(採卵までとその後1年間の保存料金)で約80万円。2年目以降は、卵子1個につき月1万円がかかります。1個の卵子を10年間保存すると約100万円前後になります。海外では1回約200〜300万円かかるので、日本では圧倒的に安くできます。これまでに凍結卵子を使った体外受精で、20〜30名の方が出産しています。
F.I.N.編集部
意外と安価な金額でできるのですね。採卵や凍結は、具体的にどのような技術なのでしょうか?
香川さん
2000年以前の緩慢凍結法(ゆっくりと冷凍する方法)だったため1%の出産率でしたが、現在の急速ガラス化保存法で、急速冷却により約2割(20%)の出産率が実現しています。体外受精での採卵は、ご夫婦でチャレンジするので、「絶対卵を採りたい」「受精卵もなるべくたくさん作りたい」ということになりがちですが、良い状態の卵子が採卵できる数は決まっているため、10〜15個は採れるように、卵巣刺激をします。一方、未婚の女性における卵子凍結の場合は一人暮らしの方も多いので、投与期間中の体調不良を可能な限り避け、働きながら採卵・保存ができるように、緩やかな投与で採卵することもできます。
F.I.N.編集部
卵子凍結に年齢制限はないのでしょうか?
香川さん
卵子凍結という技術が、最もいい状態で効果を発揮できる限界が、34歳以下の卵子と言われています。「34歳以下の卵子と精子での体外受精に限っては、20%の出産率を保証することができる」と言われているのですが、実際に技術の結果が出せる年齢より、高い年齢の方の相談が多いのが現実です。2013年に出たガイドラインでは、「40歳以上の卵子凍結は推奨しない」としか書かれていないため、39歳まで採卵できるからとその後の妊娠・出産まで期待してしまいますが、実際には出産率が違います。体外受精が将来必要な場合、34歳以下の卵子であれば40歳で使ったとしても、2割の出産率が望め、40歳時点の卵子よりは倍の確率になるということを明記してくれると良いのですが、それがないので「40歳までに採卵したい」と焦って相談にいらっしゃる方も多いんです。実際に体外受精をしても確率は低いので、卵子凍結は思ったより効果がないと思われてしまうんですよね。期待しすぎてしまっているという問題があると思います。
正しく理解して、自分で選びとることが大切。
F.I.N.編集部
そういう問題もあるのですね。プリンセスバンクでは、そのような問題をどう受け止めて対応していますか?
香川さん
卵子凍結だけでなく自分の今後の人生を正しくイメージをしてもらうためにも、約1時間じっくりと説明するようにしています。積極的に卵子凍結をおすすめはしませんが、卵子凍結をするとしたら、効果が得られるのはこの年齢やタイミングで、費用、統計的な確率などをきちんとお伝えした上で、最後にどうするかは自分で選びとってもらうようにしています。卵子凍結をした結果、子供を授からなかった場合でも、後悔しないようにしてもらいたい。妊娠は賭けのようなもので、なぜだかわからないのですが、望む、望まないに関わらず、できる人にはできる、できない人にはできないんです。卵子凍結を試しておくことで、結果的にできなかったとしても「これでダメならいいや」と気が済むかもしれない。『後悔しないための選択肢』が卵子凍結だと思っています。
F.I.N.編集部
そうですね。ちなみに、不妊治療の現状についても教えてください。
香川さん
体外受精が一般化していて、年間子供が約97万人生まれているうち、約5万人が体外受精児です。しかし体外受精で不妊治療をしている方は約42万人いますが、実際に出産できるのは約5万人。残り90%の方は残念ながら妊娠・出産できません。体外受精が向いている人たちは5回以内で妊娠できる可能性が高いので、5回挑戦してもだめなら一旦お休みして自然妊娠に切り替えてみてもいいと思います。「みんながこの治療をすれば産めるはずなのに」と悲観的に捉えるのではなく、他の方法を考える柔軟さも持っていたい。今、「体外受精離婚」という言葉も耳にします。この年齢でこんな治療やっているという情報だけを鵜呑みにせず、「自分がどうしたいか」「どうするべきなのか」まずはパートナーと話せる関係性づくりも大事です。
今できること・できないことを整理して、自分の人生・体と向き合う。
F.I.N.編集部
私たちが将来の妊娠・出産に備えるために、今何をするべきでしょうか?
香川さん
今できること、できないことをはっきりさせることが大切です。できることから日々手をつけていけば、精神的にも安定してくると思います。将来出産したいと思うのでれば、卵子凍結の前に、今すぐ妊娠できる体作りを心がけること。例えば葉酸のサプリメントを飲むとか、生活を整えるとか、卵管が潰れてないか検査するとか、パートナーがいなくても一人で準備できることはたくさんあります。また妊活の母子の安全のために必要な麻疹や風疹のワクチンは遅くとも30代前半くらいで産みたい人数は産み終わっているという計算で当時計画されているので、接種回数の見直し世代もあり、すでに抗体が切れている場合や抗体がつきにくい体質の場合もあるので一度見直すこともおすすめです。自分の子宮で産みたいのならば、がんなどのリスクも防御するためHPV(子宮頸がんのウイルス)などのワクチンを打つこともいいかもしれません。卵子凍結も、一人でできる妊活のひとつです。
F.I.N.編集部
卵子凍結にデメリットはありますか?
香川さん
採卵は、月経周期に合わせて卵の数を1周期に1個できるものを10個くらい出るように刺激します。ホルモン注射も痛いし、自己注射も初めてだと怖いと思います。麻酔もだんだん意識がなくなるのが怖いし、体調が悪くなる方も少なくありません。ある程度大きな覚悟が伴うものではあります。
自ら選択することで、自分らしい生き方ができる社会を目指して。
F.I.N.編集部
これからの未来、どのような社会が望ましいと考えますか?
香川さん
本来は、卵子凍結自体をしなくてもすむ世界や社会が望ましいと思っています。卵子凍結はあくまで、緊急避難的な技術。リスクもあるし、みんなが確実に産めるわけでもありません。卵子凍結のノウハウではなく後悔しないために、今できること、できないことを整理して、自分の人生や体としっかり向き合うことが大切です。仕事も出産も健康であることが大前提。「自分の健康がいつまで続くだろう」「キャリアはどうしようか」「今出産したらどうかな」などを楽しくシュミレーションしてみてください。自分のことだから、もっと考えておいて損はないと思います。
結婚の在り方、家族の在り方について、考え直してみるのも良いかもしれません。最近では、結婚しなくても子供だけ欲しいという方の相談も増えています。「結婚しないと産めない」ではなく、「先に出産してもいいよね」と自分で選択することも自由です。私もパートナーと話し合って、選択的シングルマザーを選びました。「結婚する、子供をもつ=幸せ」でもありません。子供が持てなかったのなら、養子縁組という選択肢もありますし、どうしても自分で産みたいのであれば、海外に目を向けてみるのもいいかもしれません。世界的にも大きな精子バンクでは先進国での利用者が1.5倍に増えています。国内でも、海外で妊娠して、日本で産むという選択をする人もいます。また海外では「エンブリオシャエリング」という体外受精の治療で余凍結受精卵を必要な人へ提供するシステムも普及しています。お腹の中から養子縁組みをするようなイメージです。日本の場合は法律が整っていないためできないこともありますが、日々の自分を応援するという意味で、卵子凍結をはじめこのようなサービスも選択肢の一つだと知っておいても良いと思います。
子供が欲しいと思った時に産める社会が理想ですが、なかなか難しいのが現実。私は卵子凍結で少しでもサポートしていければと思っています。
香川則子/プリンセスバンク代表
京都大学で博士号を取得、世界最大の不妊治療専門施設の付属研究所で7年間のキャリアを積む。卵子、卵子組織の凍結保存技術開発や臓器移植技術開発など不妊症患者やがん患者を救う数々の世界初の研究成果を生み出しながら臨床応用を実現。働き続けたい女性のための生殖補助医療技術を普及させるべく、2014年12月に独立。これまでのキャリアと経験を生かして、女性の人生創りを複合的にサポートすることを目指している。
編集後記
香川さんにお話を伺い、「子供は結婚してから産むもの」、「父親と母親は同居するものだ」……、無意識のうちに「家族」にまつわる多くの思い込みに囚われていることに気付かされました。昭和期に核家族化が進み、平成期には一人世帯が増加するなど、時代の変遷に伴い家族のあり方も変化してきました。新元号令和の時代には、家族のあり方の多様化がさらに進んで行くことが予想されます。「家族とは、こうあるべきだ」という固定観念にとらわれることのない、一人ひとりの「私は、こう生きていきたい」という意思がますます重要になってくるのかもしれません。
(未来定番研究所 菊田)
藤原美智子×山村博美 美しさの未来対談。<全2回>
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