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2018.07.23

未来のキャッシュレスな暮らし。<全3回>

第2回| スウェーデンがキャッシュレス先進国となったわけ

電子マネーやモバイル決済などの利用の増加に伴い、現金を持ち歩かない「キャッシュレス化」が進む昨今。第1回では、キャッシュレス先進国スウェーデンの街中で、どこまでキャッシュレス化が進んでいるのかをお伝えしました。その中で、Swish(スウィッシュ)というモバイル決済アプリが幾度となく登場しています。スウェーデンがキャッシュレス社会となった立役者のひとつに、このSwishも大きく関係しているようです。

第2回の今回は、スウェーデンのキャッシュレス化を推し進めたSwishについて、そしてスウェーデンの決済システムに詳しい専門家に、スウェーデンのキャッシュレス化が始まった経緯、そして今後スウェーデンの決済事情はどのように変化をしていくのかをお聞きしました。

(撮影:Markus Karlsson Frost)
(画像提供:Swish)

Profile

大迫美樹(Miki Osako)/コーディネーター・ライター

2007年よりスウェーデンのストックホルム在住。大学卒業後、アパレル会社や広告制作会社勤務を経て、スウェーデンへ移住。現在はスウェーデン人の夫と暮らしながら、フリーランスで雑誌や広告、TV、日本企業の仕事を中心にコーディネート全般、執筆を手がける。

インスタグラム:@mikikosmic

HP:Kokemomo Sweden

キャッシュレスの立役者・Swishってなに?

現金を一切持たずに外出をしても全く困らないスウェーデンのストックホルム。では、スウェーデンの人々がどのように支払いをしているのかといえば、主にデビットカード、その他にSwishとクレジットカードです。

 

Swishとは、スウェーデンの6つの主要銀行(現在は11銀行が加盟)が共同開発したスマートフォン用のモバイル決済システムで、携帯電話の番号とMobile Bank IDと呼ばれる個人認証を紐づけることによって、お互いの電話番号だけを使い友人やショップの銀行口座へ送金ができます。

私が主にSwishを利用するケースは、友人に何かの代金を立て替えてもらったり、割り勘をしたりした時。「次に会った際に現金で渡す」という必要がなくなり、お互いの携帯番号を知っていれば、会わずとも代金を支払えます。Swishの使用法は、スマホにSwishのアプリが導入してあることが前提となりますが、アプリを開き、友人の電話番号と支払う金額を入力し、送金をポチッと押せば、即座に私の銀行口座から友人の口座へと振込完了となります。その時間は約30秒。私がSwishをしたと同時に友人のスマホへ通知が届き、相手もすぐに入金を確認できます。

 

このSwishのモバイル決済を支えているのが、Bank IDと呼ばれる電子IDです。スウェーデンでは出生時にパーソナルナンバーと呼ばれる個人認識番号が割り振られます。これは日本でいうマイナンバーに相当します。このパーソナルナンバーと個人情報、銀行口座を統合したのがBank IDとなります。もちろん、私のような外国人でも住民登録をすればパーソナルナンバーがもらえるので、利用が可能。Swishで送金の際には、送金のボタンを押すとMobile Bank IDのアプリが立ち上がり、そこに登録時に自身で決定した暗証番号を入力するだけでOK。同時にSwishの送金も完了となります。

 

Swishは2012年の12月にサービスが開始されました。即時で決済が完了する素晴らしさ、さらに必要なものは携帯電話の番号とBank IDの2つのみという手軽さと、個人での利用は無料という大きな利点から、この約6年間で利用者が急激に増えました。Swishの統計によると2018年5月の時点で、すでに約650万人以上、これはスウェーデンの全人口の60%以上がSwishを利用していることになります。

 

私個人的には、友人との間で発生したお金のやりとりでSwishを使用することが多いのですが、夏の間に開催される蚤の市ではSwishを利用している店を多々見かけることができます。また、最近ではSwishでの支払いができるショップも増えてきており、ショップのレジ前にはSwishの番号が書かれた張り紙を見かけることも増えました。

蚤の市の様子。

蚤の市の様子。

Swishが浸透した理由。

なぜSwishがこれほどスウェーデンで浸透したのでしょうか。Swishの優れているところも含め、スウェーデンの決済システムの革新に詳しい、スウェーデン王立工科大学の准教授であるニクラス・アルヴィッドソン(Niklas Arvidsson)さんに話をお聞きしました。

Profile

Niklas Arvidsson(ニクラス・アルヴィッドソン)

スウェーデン王立工科大学 准教授。大学ではIndustry dynamicsの講師も務める。専門は決済システムの革新について。

ニクラスさん:「Swishの主な特徴としては、少額な支払いで決済ができること、そして、リアルタイムでの決済が可能であることが挙げられます。それはSwishが現金の代替となるということになります。また、リアルタイムでの決済が可能なため、Swishでの決済にかかる時間は、現金での決済にかかる時間とほぼ同じです。そのためSwishを使うという状況は、以前人々が現金を使っていた状況と同じだということになります」

 

現金決済に近い使用感と、少額な支払いへの対応が優れた部分なのだそうです。

確かに、大きな金額となるとデビットカードやクレジットカードを使う機会が増えるように感じますよね。要するに現金を使用する場合は、少額な支払いに関してだということです。その少額な支払いがSwishで可能であり、しかも個人間のやり取りでも使えるため、現金の必要性がなくなってきたということなのでしょう。このSwishの成功が、スウェーデンをよりキャッシュレス社会へと導いたそうです。

ところで、そもそもスウェーデンでのキャッシュレス化の動きは、どのように始まったのでしょうか。ニクラスさんはキャッシュレス社会の基盤は、1960年代に始まったと語ります。

 

ニクラスさん:「企業が給料を現金で支払う代わりに銀行口座へ直接振込をするようになったことに起因します。それは決済システムにおいて電子銀行口座がとても重要になったということ。それに伴い、1980年代と1990年代にカードでの決済システムが拡大し、その後カード決済が小売決済システムで、最も重要なサービスとなりました。

もうひとつ重要な進展が2000年代半ばに起こります。その頃、銀行や店舗での強盗事件が増えたため、労働組合が労働者の安全を守るために現金の取り扱いに反対するロビー活動を始めました。ストックホルムの公共交通機関SLは、バスでの強盗のリスクを減らそうと現金支払いでの乗車をやめ、最初にキャッシュレス化を進めた企業となりました」

キャッシュレスに拍車をかけたのは、国民の、国への信頼度の高さ

給料が現金手渡しから銀行振込へ変化し、その後カード決済の拡大があったのは日本も同じだったのではないでしょうか。それなのに、なぜ他国に先駆けて、スウェーデンがキャッシュレス先進国となったのでしょうか?

 

ニクラスさん:「スウェーデン人は公共機関に高い信頼をおいているということも大きな理由のひとつです。それは政治制度、銀行のシステム、決済システム、そして法制度に対しても信頼があるということになります。そのような人々は、カード決済、モバイル決済、インターネット決済のような電子サービスと併せて利用している銀行口座の中にある、実際には手にしていない「お金」にも信頼をおいているわけです。この信頼の背景にあるのは、スウェーデンの歴史。スウェーデンは長期にわたり安定した政治や法体系を持っていることで、高い信頼を得ている小さな国だからです。様々なシステムや制度などに対して国民の信頼が厚かったからこそ、キャッシュレス化が進み、他国に先駆けることができたとも言えます」

 

また近年、サービス革新と言われるSwishやiZettle(※1)の台頭により、今まで現金決済を利用していたような状況でも、SwishやiZettleでの決済を選ぶ人が増加したことも大きな要因だと話すニクラスさん。その上にスウェーデン人は常に技術革新を好むことも相まって、スウェーデンはキャッシュレス社会の先進国へとなっていったといいます。

 

※1 iZettleとは、スウェーデンの起業家ふたりによって開発された中小企業向けのカード決済モバイルアプリのこと。App StoreからiZettleアプリをダウンロードすれば、手持ちのiPhoneやiPadで決済サービスを利用でき、専用のカードリーダーも無料でもらえる。スウェーデンでは多数の小さな商店で利用されている。

 

スウェーデン人の国に対する信頼度の高さは、実際に住んでいても感じること。高額な税金を払っていながら、国や社会への満足度は常に高い結果が出ています。また、スウェーデン人が技術革新を好むという意見にはとても納得をさせられました。他の国へ旅行をすると、iPhoneの所持率がスウェーデンほどではないということに気がつきます。ストックホルムでは特にiPhone、それに加えて他社のスマートフォンの所持率も多く、お年寄りがスマートフォンを使いこなしている姿を見かけることは珍しくありません。そういったスウェーデン人のIT最新機器への興味も、キャッシュレス化の進展に拍車をかけているようです

7年後には、ほぼすべて現金は消えている!?

現在、すでに現金を手にすることが少なくなっているスウェーデン。では、5年後、10年後のスウェーデンの決済事情はどのように変化しているのでしょうか。現金は消えてしまうのでしょうか。最後に聞いてみました。

 

ニクラスさん:「スウェーデンでは、2025年には現金決済がほとんどなくなっていると思います。その頃、現金は法的にはまだ法定通貨のままですが、ほぼ使用されなくなっているでしょう。代わりに、カードがベースとなったモバイル決済や、それと同様の銀行口座に直接接続されるようなモバイル決済がメインで利用されるようになると思われます。スウェーデン国内だけでなく、ユーロ圏での決済についても、よりリアルタイムでの決済が可能となるでしょうね。また、Fintechのような電子決済代行業者がより増加し、銀行は競争力を失ってしまいます。大半の店が現金NGとなり(現在スウェーデンでは現金を取り扱わないことも法的に認められている。)、EコマースとMコマースが引き続き増加していくことを踏まえて、新しい決済方法が出てくるでしょう。おそらく、スウェーデン国立銀行からデジタル通貨が発行され、それは人気を集め、他すべての決済方法の競合となると思います。私は、2025年の小売の決済システムは、現在私たちが見ているものとは明らかに違うものとなっていると考えています。そう考えると、私たちにはこの先、興味深い未来が待っていると思いませんか?」

 

7年後には、すでに現金がほぼ消えていると予想をするニクラスさん。スウェーデンでは、もはや現金が使えなくなる日が目の前まで近づいてきています。デジタル通貨に、今では予想できないような決済方法の出現など、まだ見ぬ新しいものが出てくると思うと、ワクワクする未来が待っているように感じると同時に、新しいテクノロジーに、この先どこまでついていけるのか、不安もありますね。しかしカード1枚にスマホだけで外出できることは、やはり便利なもので、現時点ではメリットの方が大きいと私自身は感じています。

 

次回の第3回では、キャッシュレス化が進んで良くなったことや変化したことについてご紹介したいと思います。

 

(次回へ続く)

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