2019.04.22
人口減少と少子高齢化が進む日本において深刻な問題となっている人手不足。その対策として、この4月から外国人労働者の受け入れ拡大が始まりました。新設される在留資格「特定技能」では、介護、外食、建設、農業など14業種で外国人労働者を受け入れていきます。5年間で最大約34万5000人の受け入れ目標を掲げ、なかでも受け入れ上限が最も高いのが介護業の6万人です。これは、日本全国で2025年には31万人、2035年には68万人という介護人材が不足すると言われているためです。
2016年にシンポジウム「インドネシア・フィリピンからの介護人材受け入れ〜秋田での可能性と課題」を開催した、早稲田大学国際教養学部准教授兼国際教養大学アジア地域研究連携機構連携研究員の秋葉丈志教授に、日本における外国人労働者の可能性と、課題についてお話を伺いました。
2008年からEPAの一環として、介護分野の受け入れが開始。
秋葉「国際教養大学アジア地域研究連携機構では、2014年から2016年にかけて、秋田県内での外国人介護人材の受け入れについて調査を行いました。当時は『特定技能』制度はなく、『技能実習』の適用もなかったため、主にEPA(経済連携協定)を活用した介護人材の受け入れについて調査しました。日本では、2008年頃からEPAの一環として、ベトナム、インドネシア、フィリピンから看護と介護の分野で受け入れが始まりました。ただ、EPAはハードルが高い制度なんです。介護福祉士の国家資格をとることを目的としているため、求められる学歴要件が高い。4年在留して国家試験に合格しなければ帰国しなければいけません。また受け入れ施設の側も、人材教育費用を負担し、日本語教育をしながら、国家資格対策を行い、実習も行わなくてはならない。大規模な施設でないと受け入れが難しいのが実情です。秋田県内では、潟上市の正和会と湯沢市のせいとく会という2施設が始めています。当時、受け入れに前向きな意向を示した施設は、人材不足に対応するというよりも、『施設をもっと国際的にする』とか、『今の職員に対して新しい刺激を与えたい』という、高い理念を掲げている施設が多かったですね」
政府の大きな政策転換。EPAと特定技能の違い。
アジアの経済連携の一環として外国人人材を受け入れるEPAに対して、2017年に始まった介護の「技能実習」、そして、今年の4月に導入された「特定技能」はどのような制度なのでしょうか。
秋葉「『技能実習』は日本の技術を学んで祖国に帰り、経済発展をさせるための研修制度。要件が緩く、最長で5年間在留することができます。そのため、外国人人材にも受け入れ施設にもハードルが低い。しかし、どの程度の知識とスキルのレベルを持った人が来てくれるかは未知数とも言えます。『技能実習』は低賃金労働が問題になった過去があるので、最低賃金が守られていることをチェックする第三者機関も改めて重要になってくるでしょうね。そして、この4月から新設される『特定技能』は、最低5年間の『技能実習』を修了するか、技能と日本語能力の試験に合格すると在留資格を得ることができます。これまでは『高度な専門人材』に限定されていた就労目的の在留資格を、事実上の単純労働者にも認めるという大きな政策転換ともいえ、人手が足りない中小施設の課題と向き合うための制度です」
外国人人材と働く、未来の可能性と課題。
2014年から2016年にかけて国際教養大学が行った調査では、秋田で受け入れを行っている施設職員や実際に働いているフィリピン人の方々のヒアリングも行いました。外国人人材を受け入れている現場では、どのような可能性を感じていて、どのような課題と向き合っているのでしょうか。
秋葉「まず外国人の方々を受け入れることで、職員の刺激につながっていますね。特にフィリピンは高齢者を大事にする国なので、日本の介護現場でもお年寄りを大切にする。それを見ている日本人スタッフもいい刺激を受けている。また、外国人材には日本人特有の“暗黙の了解”のようなものが通じません。そのため、職場内でのコミュニケーションなど、自分たちの仕事のやり方を見直すきっかけにもなっています」
外国人人材を受け入れると言っても、都心部と地方とでは交通環境や生活環境も異なります。秋田県ならではの課題もあるのだと秋葉さんは話します。
秋葉「秋田県の場合は、方言とどう向き合うかが大きな課題です。研修では標準語で勉強するので、方言がわからなくて困っている外国人スタッフは多いです。そのため、わからない言葉はスマホで録音しておいて、日本人職員にあとで聞くなど、スマホを上手に活用しているケースもありました。交通手段に関しても問題点は多いですね。秋田は車がないと不便で、特に雪が積もる冬は身動きが取れなくなってしまう。このような移動手段の問題を解決するためにも、Uberなどのライドシェアサービスが早く全面的に解禁されるといいのではないかと、個人的には思っています」
新たなコミュニティ、街に生まれる変化。
今年の3月には、千葉県の森田健作知事がベトナムの首都ハノイを訪問し、千葉県内で働く介護人材の確保に関する覚書を締結することが、ニュースになりました。ベトナムの人材に注目が集まっているのでしょうか。
秋葉「厚生労働省のHPには、EPAの国家試験の合格率が国ごとに出ているのですが、ベトナム人材の合格率は90%まで上がっています。インドネシア、フィリピン、ベトナムの合計だと合格率50%ですから、ベトナムに対する期待値はかなり高まっています。ベトナムは来日前の日本語能力試験の要件を厳しくしているため、日本語ができる人材が多い。EPAだけでなく、『技能実習』で訪れてくれる人材の質も高いと評判です。そして、外国人人材が増えれば街にもそれなりの変化が出てきます。たとえば日系ブラジル人が多い浜松では、ブラジリアンタウンのコミュニティができたように、今後はベトナム人のコミュニティもできるでしょうね。街の標識や看板も変わってくるかもしれません。地域のイベントなどを通して、外国人と日本人が交流することも大切なことだと思います」
介護の特定技能では、家族を連れてくることができない。
4月に新設された在留資格「特定技能」には1号と2号があり、14業種のうち建設業と造船・舶用工業では、「特定技能2号」に進むことができます。これは特定技能1号の修了者が次のステップとして進む在留資格で、熟練レベルの能力をもつ人材の確保を目的としています。取得者は期間更新に制限がないため、永住への道が開かれるとも言われています。しかし、介護、外食、農業などの12業種については、「特定技能2号」が適用されないことになっていて5年で帰国しなくてはいけません。秋葉教授は、その点が今後の問題になるのではないかと考えています。
秋葉「外国人人材を社会に統合していく過程では、課題も出てきます。日系ブラジル人の受け入れを行ったときには、労働者がくるとばかり思っていたら家族も一緒にきたという過去があります。その際に、学校は日本語ができない生徒を受け入れる準備ができていなかったんですね。『技能実習』や介護の『特別技能』では、家族を連れてこれないことになっています。しかし、『技能実習』で5年、特定技能でさらに5年。合計10年を日本で過ごしたら、家族も一緒に日本で生活していきたいという人もかなり出てくるのではないでしょうか。日系ブラジル人も多くが定住しましたからね。生活を築いたら、その場所を変えることは簡単ではありません。『特定技能』は基本的に、家族を伴う定住が前提であるべきだと思うんです。そして、働いている本人はもちろん、その家族の教育、医療、福祉をどうするかについても、しっかりと向き合っていくべき課題です」
お互いの理解を深めることで、住みやすくて働きやすい環境を。
秋葉「これからの5年、10年で、外国人人材は飛躍的に拡大していくでしょうから、彼らとの交流を通して、その国のカルチャーを理解し、受け入れることが大切だと思います。たとえば、彼らの母国の食材を紹介する催事を企画したり、その国のレストランが増えれば、食文化を通して交流を深められる。食やモノを通して人が繋がっていきますよね。そして情報誌ではその国のコミュニティを特集するのもいい。外国人材の多くは20代、30代。たとえば日本人と結婚して配偶者ビザに切り替わると、いろんな職業につけるようになる。何千人何万人と入ってきたら、いろんな視点が必要になってきます。それだけで政策を決めるわけにもいかないので、事例を比較研究することが大学の役割ですね。そして、研究者が考えたことを実施するためには、政府の力が必要になってくる。その連携が必要だと考えています」
秋葉先生のお話を伺って、外国人人材の受け入れには、改めて産官学の連携が必要なことが伝わってきました。大切なのは、街も企業も多国籍な人々が豊かに生きられる環境づくりを目指し、その過程で出てくる課題を、研究者の意見を仰ぎなら改善していくこと。5年間で最大約34万5000人の受け入れ目標を掲げることは、それぞれの国の文化を理解して、お互いに働きやすく、住みやすい街を構築していく、新たなスタートとも言えるのではないでしょうか。
秋葉 丈志
早稲田大学国際教養学部准教授。専門は憲法・法社会学。
1975年アメリカ生まれ。早稲田大学大学院(修士)、カリフォルニア大学バークレー校大学院(博士)を経て、2007年国際教養大学に着任。グローバルスタディーズ課程准教授、アジア地域研究連携機構副機構長を務める。現在も同機構の研究員として、秋田県における外国人介護人材受け入れに関する調査研究プロジェクトの代表を務める。
編集後記
異なる文化のバックグラウンドを持つ人同士が互いを理解しながら共生するために、商業施設ができることとして、「モノを通じて人をつなぐ」ことがあるのではないか、という秋葉先生のお話が印象的でした。モノを通じて人をつなぐコミュニティハブとしての役割が、これからの商業施設には求められてくるのかもしれません。(未来定番研究所 菊田)