2024.04.24

ときめきは、きっと生きがいになる。文筆家・甲斐みのりさん。

いつの時代も人は恋をしたり、アイドルを応援したり、ときめきを求めています。ときめきの対象は人に限らず、モノやコトを含めあらゆる事象に広がっています。なかには思いもよらない対象にときめきを感じる人も。最近は「推し活」や「偏愛」という行動が注目されるなど、人のときめきのかたちはより多様に、面白く変化を遂げているのではないでしょうか。F.I.N.では、衝動的に心が踊る感覚をときめきと捉え、さまざまな対象にときめきを感じる目利きの話から「私たちはなぜ、ときめきを求めるのか」を探ります。

 

今回登場いただくのは、文筆家・エッセイストの甲斐みのりさん。建築、お菓子、パンなど、街に散らばる「かわいい」「好き」をテーマに、書籍やWebなど、さまざまなメディアで執筆をされています。そんな甲斐さんは、好きなものがありすぎて、毎日が忙しくて仕方がないそう。どうしたら、好きなもの、つまり「ときめき」を見つけられるのでしょうか。また、ときめきを追い求める意味とは?「ときめき」の正体を探るため、いくつかの問いに答えていただきました。

 

(文:大芦美穂/写真:川村恵理/サムネイルデザイン:藤原琴美)

甲斐みのりさん(かい・みのり)

文筆家。静岡県生まれ。日本文藝家協会会員。大阪芸術大学文芸学科卒業。旅、散歩、お菓子、地元パン®️、手みやげ、クラシックホテルや建築、雑貨や暮らしなどをテーマに、書籍や雑誌、webなどに執筆。主な著書に『乙女の東京案内』(左右社)、『お菓子の包み紙』(グラフィック社)、『愛しの純喫茶』(オレンジページ)、『日本全国 地元パン』(エクスナレッジ)など。

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Q.今、まさにときめいているものを教えてください。

お菓子のパッケージ、マッチ箱、ミニチュア玩具。

右側4つと左側2つは〈ルル メリー〉、中央の四角い缶は〈帝国ホテル〉の「ライト館 100周年アニバーサリークッキー」、中央下は佐賀にある〈村岡総本舗〉の「丸シベリア」。

まずはお菓子のパッケージです。お菓子の箱や缶や包装紙は、かわいいなと思いつつも、断捨離の時には一番に捨てる対象になっていませんか? 家の中にしまっておくことで、罪悪感を感じている方も多いと思うんですよ。私も実際のところ、こんなにあってどうするんだろうと思うこともありますが、それでも民俗学のように思えてきて面白いです。何十年分も取ってあることで、ちゃんとした資料になって、学問にもなりえるんです。

鳩サブレーの〈豊島屋〉や〈デニーズ〉、〈和民〉など、よく知るお店のマッチも。

続いて、マッチ箱。今はだいたいどこでも喫煙ができなくなっているので、このお店って当時はタバコが吸えたんだ!という驚きがある。なかには大学のマッチもあったり(!)。昭和の時代を象徴するものですよね。しかもどれも無料だったんですよ。あくまでサービス品なのに、こんなに素敵なデザインを追求していて素晴らしいなと。私は「手のひらに乗る芸術品」と呼んでいるんですけど。友人も私がマッチを集めているのを知っているので、旅先で良いマッチを見かけるとおみやげに持ってきてくれたりして、そういうのもうれしいです。

甲斐さんが監修を手がける、「全国のかわいいおやつミニチュアコレクション」(第1弾、第2弾)。

最後に、いつも私を支えてくれる「推し」をミニチュア化したものです。実物もすばらしいですが、小さくなるだけでどうしてこんなにかわいいんでしょうか(!)。しかも持ち運べるので、私のお守りみたいな存在になっています。神社のお守りでなくても、好きなものを持っていることで、ちょっと背中を押してくれたり、落ち込んでいる時に救ってくれたりする。神様を信じるのと同じくらいの力があるなと思っています。私は好きなものたちに救ってもらってここまで生きてきたので、すごく大切な存在。

Q.ときめいたとき、心や身体はどう変化しますか?

胸がいっぱいになって、多幸感に包まれます。

初めて出会ったものでも、ずっと好きなものに対してでも、ひと目見た瞬間心がいっぱいになって、幸せを感じます。街歩き=ときめきの時間と言ってもいいくらい。パン屋、洋菓子店、看板、ビルや民家の建築、道……街の中には好きなものがたくさん詰まっていて、散歩中はずっとときめいている状態です。

 

私のことを街で見かけた知人からは、「小走りだったよ」って言われることもあって。『不思議の国のアリス』に出てくるキャラクターの「白ウサギ」みたいに、いつもちょっと走っているみたいです(笑)。次の場所に行きたくて、もうずっと前のめりになってしまうんですよね。

Q.「ときめき」は、恋に落ちる感覚と似ていますか?

似て非なるもの。ときめきはもっと日常的。

私にとってときめきは日常の中にあるものなので、恋とは少し違うかな。もちろん、恋に落ちるような感覚になることもあるんですが、私が普段感じているときめきは、世界が好きなもので溢れているという状態そのもの。こうやっていつでもときめけるようになったのは、大学生の頃にした訓練のおかげなんです。

Q.「ときめき」の訓練とはどんなものですか?

「好きなこと探し」で、ときめき体質になった。

今でこそ好きなものを発信して、毎日楽しく暮らしていますが、10代の頃はコンプレックスの塊でした。自分には良いところもないし、人に誇れることもない。誰かと比べて落ち込んだり、うまくいかないことをいつも何かのせいにしたりしていたんですね。でもそんなマイナス思考の自分を変えたい。そう思って、ある日スケッチブックを買ってきたんです。「ここに自分の好きなことを書いて、1冊全部埋めることができたら、きっと今より良い方向に変われる」と無理やりジンクスをつくって。というのも、小学生の頃、『愛少女ポリアンナ物語』というテレビアニメが放送されていて、主人公ポリアンナが「よかった探し」ということをしていたんですね。ポリアンナは側から見るとすごく苦労の多い女の子なんですが、本人の中では小さなことでも「よかった」と思い前向きにとらえる。そのことを思い出して、私もやってみようと思ったのがきっかけです。

 

世の中のものに興味を持ったり、好きだって思ったりしなければ、スケッチブックは埋まらないから、とにかく何かを好きだと思いたくて仕方がない。最初はなかなか見つからなかったのですが、次第に街や本、音楽、目に映るさまざまなことに対して、好きだと思える要素を見つけられるようになったんです。かれこれ25年くらい続けているので、今では初めて降り立つ駅でも、「好き」と思えるものが瞬発的に浮かびあがってくるようになりました。

Q.ときめくことで何かいいことはありましたか?

ものごとを加点法で見られる。

加点法を採るようにしています。もし何かマイナスに感じることがあったとしても、それ自体「面白い」と捉えるようにしています。「好きなもの」や「推し」に対して、ちょっとでもマイナスに思うことがないかと言ったら、それは人にはそれぞれ感情があるから難しい。でも、わざわざ発信したりはしないようにしているんです。それよりは、「好き」を積み重ねていく。なぜならマイナスなことを口に出したり、文字にしてしまうと、私の中の好きなものが崩れていってしまいそうな気がするから。私は評論家ではないし、純粋に好きなものを楽しみたいだけなので、できるだけマイナスな感情にとらわれないようにしています。

Q.ときめいたあとにする行動は?

研究する。

深く知りたい、研究したいという気持ちになります。例えば「クラシックホテル」だったら、ホテルの歴史を調べると、もともとは皇室や財閥に関係していたりして、すごくワクワクするんですよ。それからホテルそのもの以外にも、周辺の土地について調べたり、途中でどこに立ち寄ろうかと考えたり、お土産について思いを巡らせたり。調べていくと、ときめきが次のときめきに繋がっていくんですよね。行きたい場所を地図上にマークしていったら、本当に街じゅうがときめきだらけ。

Q.ときめきを人に伝えることにはどんな意味がありますか?

ささやかな平和活動。

私にとって、好きなことをテーマに本を執筆することは、ちょっとしたときめきのお裾分け。最近はSNSも活用していますが、そうした場があって本当にありがたいです。ときめきを誰かにお伝えすることって、ささやかな平和活動だと考えているんです。好きなものを持っていることが私自身の強みになっているというか、お守りのような存在になっていて。それは人の評価にとらわれずに、好きなことを追求できているという自負からだと思うんですね。好きなものがあると、それに対して一生懸命で、毎日すごく忙しいので、他人のことを過剰に意識したり、批判したりすることに労力を割けないんです。好きなものを育てていくことは、平和活動の小さな一歩なんじゃないかなと。

甲斐さんの著書。『にっぽん全国おみやげおやつ』(白泉社)と『乙女の東京案内』(左右社)。

それから、好きを言葉にすることは、作り手の方への敬意だとも思っています。「自分は専門家でもないのに……」と、好きを表明することをためらう方って意外と多いような……。でも、好きの深さは問題ではないと思っていて。ただ「なんとなくこれが好き」だとか、「見た目がかわいい!」、それでいいと思います。作り手の方たちからしたら、どんなかたちでも「好き」と言われるのはうれしいものですから。実際に建築家の方やお菓子を作っている方とお会いして感じたことです。だから積極的に「好き」を表明してほしいです!

Q.どうして私たちは「ときめき」を求めると思いますか?

生きがいを見出そうとしているのではないでしょうか。

「推しが欲しいです」「どうしたら好きなものができますか」といった相談を受けることがあるのですが、そこで感じたのは、人は自分以外の何かを愛でることで、生きがいを見出そうとしているのではないかと。自分以外の対象に愛を傾けることで、私はひとりぼっちじゃないんだと実感できたり、誰かとつながっている感覚が得られたり。

 

また、「ときめき」を心に持っていると、例えば「まだ行けていない、あの喫茶店に行きたい!」と思って、そのことが生きる力になるというか。日々仕事や生活で疲れることもたくさんあるけれど、自分の好きなもののために頑張るぞ、と思えることは、生きていくうえでの希望になり得るんじゃないかなと。

Q.ときめきとはどんな存在?

神様。

自分を生かしてくれる神様のような存在。信じられるし、頼れるし、救ってもらえるし。私は特定の信仰を持っていないのですが、だからこそ「ときめき」が私にとっての神様と言えます。そこを信じて生きています。

Q.5年先、ときめく人が増えたらどうなる?

今よりもっと良い世の中になるはず。

例えば最近、「推し活」が一般的になってきましたが、好きなものを好きでいる自分がどう見られるか、まだ少し気にしてしまう風潮もあるような気がします。近い将来、一人ひとりが周りの目を気にすることが減っていって、好きなものに突き進めるようになったら、世界はもっと良くなるんじゃないかなと。私たちの世代だったら、推しがあることで老後が楽しくなりそうです。小さな子供たちにとっては、大人の楽しそうな姿を見ることで、好きなことを追求していいんだと思えるのではないでしょうか。好きなものを好きでいることは、それぞれにとっての平和活動。幸せの輪を広げていってほしいです。

【編集後記】

おだやかに晴れた日に、たくさんのかわいいを抱えて現れた甲斐さん。取り出されるごとに、その場がぱぁっと笑顔に包まれました。「本を作ることや発信することは、ときめきのおすそ分け」。ふだんから私自身もそっと受け取っています。
きょうも愛にあふれた甲斐さんのかわいい発見スコープはくるくると稼働していて、見初められて迎えられたモノたちは甲斐さんの元で皆しあわせに過ごしているのではないでしょうか。

「きっと未来も好きになることはどんどん増えていく」…甲斐さんのときめきエントロピーの増大に、ぜひこれからも、こっそり後ろからついていってみたいと思いました。

(未来定番研究所 内野)