2022.11.21

未来工芸調査隊

第2回| 伝統技術ディレクター・立川裕大さん、伝統工芸はどう進化していきますか?

器やかご、布など、日本各地にあふれる工芸の数々。F.I.N.編集部では、そういった工芸を愛してやまないメンバーで「未来工芸調査隊」を結成し、その歴史や変遷、さらなる可能性を探っていきます。

 

第2回に取り上げるのは、日本各地に伝わる素材と技術で作られる伝統工芸。漆や鋳物、組子細工などの伝統技術と、建築家やインテリアデザイナーの間を取りなし、唯一無二の空間をつくり上げてきた伝統技術ディレクターの立川裕大さんに、手仕事の現場で感じる伝統工芸の魅力と課題、さらにその先の未来について教えていただきました。

 

(文:川端美穂/写真:大崎あゆみ)

Profile

立川裕大さん

伝統技術ディレクター。

1965年、長崎県生まれ。伝統技術の職人とデザイナーの間を取り持ち、空間に応じたアートオブジェなどを別注で製作するブランド〈ubushina〉を主宰し、伝統技術の領域を拡張している。東京スカイツリー、八芳園、パレスホテル東京、CLASKAなど実績多数。長年に渡って高岡の鋳物メーカー〈能作〉のブランディングなども手がける。2016年、伝統工芸の世界で革新的な試みをする個人団体に贈られる三井ゴールデン匠賞を受賞。

https://www.ubushina.com

伝統工芸や伝統技術は、郷土料理のようなもの。

地域ごとの特色こそがおもしろい。

F.I.N.編集部

まずは立川さんの肩書きである伝統技術ディレクターについて教えてください。どういったお仕事なのでしょうか?

立川さん

日本各地の伝統技術を持つ職人と建築家やインテリアデザイナーの間を取りなす仕事をしています。コンピューターの仕組みに例えると、伝統技術というものを作る「ハードウェア」と、建築家やデザイナーのデザインという「ソフトウェア」をつなぐために複雑なやりとりをする「ミドルウェア」的な役割を担っています。

F.I.N.編集部

複雑なやりとりとは、実際どんなことをされているのですか?

立川さん

まずは、建築家・デザイナーからコンセプトやサイズ、仕様などの製作に関する情報を受け取り、その条件で最適な解を導ける職人を選定したうえで製作を依頼し、プロジェクトごとにチームを編成。制作物における品質をはじめ、コストや納期を管理しながら、あるべき絵姿を描いて、方向性を指し示すといった仕事です。伝統技術を使ったクリエイティブにはさまざまなものがありますが、私は衣食住の「住」、とりわけ最先端の空間に伝統技術をどう生かすかという視点でディレクションを行い、その空間に応じた家具や照明器具、アートオブジェなどをオートクチュールで製作するプロジェクトを主導してきました。このプロジェクトを〈ubushina〉と名づけ、社員たちと2003年から活動しています。

F.I.N.編集部

〈ubushina〉で手がけられたもので、とくに印象深いものは何でしょうか?

立川さん

2020年に惜しまれながら閉館した東京・目黒の〈Hotel CLASKA〉のリノベーション企画です。築34年だった前身の〈ホテルニュー目黒〉を、漆や鋳物、青森県のブナを有効利用した「ブナコ」を用いた伝統技術によって、当時珍しいデザインホテルとして2003年に再生させました。〈ubushina〉で最初に手がけたものなので、とても印象に残っています。以来、20年近く全国各地の職人とさまざまなプロジェクトを手がけてきました。そうしたなかで気づいたのは、伝統工芸や伝統技術は、郷土料理のようなものだということ。郷土料理って画一的ではなく、地域ごとに特色があり、その違いこそがおもしろいですよね。そんな多様性を大切にしていきたいと思っています。

布張り漆塗で作られた〈Hotel CLASKA〉のカウンター。真鍮鋳物の照明器具も配されている

F.I.N.編集部

全国各地の職人とは、どのように出会うのでしょうか?

立川さん

各地の窯業センターやデザインセンターを頼ることもあれば、職人からの紹介など、さまざまなパターンがありますね。今はなかなか機会が減りましたが、コロナ禍前は講演やセミナーで訪れた先で、やる気オーラ全開で輝いている職人と出会うことも多かったです。「やる気はあるけれど、伝統技術の生かし方がわからない」という相談をきっかけにプロジェクトが始まることも。富山県高岡市の鋳物メーカー〈能作〉の能作克治社長との出会いがまさにそう。以来20年以上、ブランディングディレクションを手がけています。職人たちとは長い年月をかけて、良好な生態系を自然と築けていますね。

F.I.N.編集部

伝統工芸のプロジェクトだけでなく、ブランディングのディレクションもされているんですね。

立川さん

そうですね。伝統技術を生かしたインテリアをオートクチュールで製作する仕事が大半ですが、メーカーや職人個人に商品開発や展示会などのディレクションを行うこともあります。単にプロジェクトで関わって終わりではなく、職人の生産背景や職人の育成、彼らの生活にも関心を持ち、深くコミットしていますね。伝統工芸の地位を高めて現場の環境を向上させ、職人の減少を食い止めないことには、私たちも当然生き残っていけない。そういった危機感があることも一因です。

400年以上続く伝統工芸を絶やさぬよう

「守破離」の精神で型を破っていく。

〈ubushina〉のショールームには、伝統技術が詰め込まれた日本各地の素材がズラリと並ぶ

F.I.N.編集部

ここまで立川さんのお話を聞いて、伝統工芸や伝統技術が存続するためには、 伝統技術ディレクターの存在が必要不可欠だとわかりました。

立川さん

室町時代頃にさまざまな伝統工芸や職人文化が芽吹き、江戸時代に花が咲いて、その文化が今も続いています。この400年以上続いた伝統工芸は郷土料理と同様に、絶やすことはできません。絶やさないためには、自分は今何をすべきかを常に考えています。

F.I.N.編集部

伝統工芸や伝統技術を残すために、伝統技術ディレクターとして大切にされていることはありますか?

立川さん

能や歌舞伎といった伝統芸能、剣道や茶道などの芸道の世界で用いられる「守破離(しゅはり)」の精神を大事にしています。「守破離」とは、弟子が師匠から教わった教えを守り会得したら、その後は型を破り、最終的に教えから離れ、自分なりの型を新しくつくること。あらゆる伝統は、こうした「守破離」の連続で存続しています。ただ守るだけでは、確実に消えてしまうものなんです。たとえば、100年前の職人が見たときになんの進歩も感じられないようであれば、生き残れないと思っています。

F.I.N.編集部

なるほど。ではプロジェクトの最初の一歩となる企画やアイデアというのはどうやって生まれるのでしょうか?

立川さん

〈ubushina〉の特性を熟知した建築家やインテリアデザイナーから企画を持ち込まれ、私たちが実現のためのアイデアを練ることが多いです。たとえば「新しく建設される広島のホテルに、広島らしい空間をつくれないだろうか」なんていう相談は私の大好物(笑)。要望を満たすために、地元に潜むどんな伝統工芸や技術が必要かを考えるとワクワクします。実は伝統工芸の世界では、技術だけでなく美意識も常に進化しています。建築家やインテリアデザイナーが持つ最先端の美意識を、伝統技術を持つ職人がかたちにする。この2つを重ね合わせるための橋渡し的な役割を私は担っています。

F.I.N.編集部

「新しい美意識×伝統技術」で今までにないものを生み出すのは、そう簡単にはできないですよね。実際、困難の連続なのでしょうか?

立川さん

大変なことは多いですが、過去から未来へたすきを渡すことは現在を生きる私たちの使命だと思って、私は常に楽しんで取り組んでいます。「守破離」を実現するためには、デジタルやIT、先端技術などを使うことも大切。たとえば、現代美術家の舘鼻則孝さんとコラボレーションした〈Traces of a Continuing History〉では、舘鼻さんの骨をCTスキャンして、そのデータを3Dデータに置き換え、3Dプリンターで樹脂の骨を作成。それを型に400年の伝統技術を今に伝える〈能作〉の職人によって、原寸大の鋳造彫刻に変貌させました。これは舘鼻さんの発案から4年越しの一大プロジェクト。過去の職人が逆立ちしてもできないようなことを私たちがやる。これこそが「守破離」のスピリッツなんです。

〈Traces of a Continuing History〉/写真:GION

F.I.N.編集部

これは圧巻の作品ですね!こうした作品を通して、伝統技術がさらにブラッシュアップされるのでしょうか?

立川さん

そうですね。わかりやすいのは、NASA(アメリカ航空宇宙局)のロケット開発。技術の粋を集結し開発した結果、思いもしなかったようなものが生まれ、私たちの生活に浸透しますよね。伝統技術の世界でも、職人が代わり映えのない仕事ばかりしていたら、文化が発展しないどころか衰退する恐れもある。大切なのは、職人が腕を振るいたくなるような「お題」なんですよ。そのお題を考え、実現化に向けた舵を取るために、私たち伝統技術ディレクターの存在意義があると思っています。

F.I.N.編集部

2017年に立川さんが企画に参加した〈能作〉の新社屋によって、現地の見学者は300倍になり、今では有名な観光名所のひとつになりました。どのような狙いがこの成功につながったのでしょうか?

立川さん

今の時代、人の消費に弾みをつけるには、もの・こと・人・場所・時間という5つの要素を同時に提供する必要があります。そのためにはアウェーではなくホーム、つまり地元でこの5つを提供することが、最もコストがかからずベストです。5つの要素が揃っていれば、少々交通の便の悪いところでも人は集まりますから。各地のメーカーや職人は、東京などの都市部の市場を獲得するために「槍を持って出て行く戦略」に目を向けがちですが、地元の工房やサービスを充実させて「網を張って待つ戦略」も大切にしてほしいと伝えています。国内には、〈能作〉をはじめ、すばらしいコンテンツを持っている地域がいっぱいありますから。

立川さんが企画に携わった〈能作〉の新社屋/写真:車田保

伝統工芸という資産を運用するために

「ミドルウェア」によるブランド化が必要。

F.I.N.編集部

思想家の柳宗悦(やなぎ・むねよし)が見出した無名の職人が作る生活道具「民藝」と伝統工芸の違いは意識されていますか?

立川さん

私はジャズは聞くけどロックは聞かないというような選別はせず、ジャンルに関わらず好きな音楽を聞くタイプなんです(笑)。だから、工芸品に関しても線引きはしていません。振り返ってみると、私が関わった職人にはセルフプロデュースが不得手という共通点はありますね。そのため、「彼ら名もなき職人たちの価値を最大化したい」という思いで取り組んでいます。たとえばクラフト作家だとギャラリーに売り込んだりして世に出ていきますが、僕の周りの職人たちは何かのきっかけがない限り、今の生態系から抜け出せないので腕はあるのになかなか仕事が広がらない。彼らが持つ貴重な資産を運用することが必要なんです。

F.I.N.編集部

立川さんによって新たな価値を見出され、未来を切り開いた伝統技術の職人がたくさんいるのですね。

立川さん

〈ubushina〉のプロジェクトをやり遂げた先の景色は今までとはガラリと変わることも多いので、職人自身も喜んでくれていると思います。ただ、私たちがいつも今までにない大変な「お題」を持って訪れるので、「また来た〜!」なんて揶揄されながらも、何とか付き合ってもらっているんですけど(笑)。

F.I.N.編集部

楽しそうなやりとりが目に浮かびます。立川さんのように、伝統技術と建築家・デザイナーをつなぐミドルウェア的な存在は日本に少ないのでしょうか?

立川さん

そうですね。日本の場合は、広範な知識とネットワークを持つデザイナーやクリエイターがミドルウェアの役割を兼ねることは多いですが、私たちのように専門とする人材は少ないと思います。その点、ヨーロッパは仕組みが重層的にできているように感じています。たとえばラグジュアリーブランド。職人とデザイナーがいるのは日本も一緒ですが、広告や販促やマーケティングなど、その他のポジションの優秀なミドルウェアたちが職人の価値を最大化しブランドビジネスを成立させています。それだけでなく、ブランドには揺るぎない世界観も作り出している。ヨーロッパのラグジュアリーブランドももとを辿れば伝統工芸なのですが、⽇本の場合はミドルウェアの機能が弱く、伝統工芸のブランド化さえもできていないのが現状です。

F.I.N.編集部

なぜヨーロッパではミドルウェアの文化が根づいているのでしょうか?

立川さん

ヨーロッパではさまざまなルーツを持つ人々が混在しているので、幼い頃から自分の価値観を他人に伝えて理解してもらうことが必要不可欠。その「伝えて理解してもらう」ことがミドルウェアの重要な仕事です。一方、背景が似通った日本人の場合、伝えることよりも間を読む文化が発達していて、僕らの業界では「いいものを作っていれば、誰かが買いに来てくれるはず」という思い込みでビジネスをしてしまう。ブランドビジネスにおいて莫大な利益を生み出し続けるヨーロッパ勢とは随分と差が開いてしまいましたが、日本には素晴らしい技術が奇跡のように残っています。ミドルウェアの機能を強化すれば、大きなチャンスを掴める。伝統⼯芸は数少ない成⻑産業だと真剣に思っています。

F.I.N.編集部

伝統技術ディレクターとして約20年活動され、伝統工芸の世界が変化している実感はありますか?

立川さん

伝統技術の可能性を広げている実感はありますが、もっと大きな変化は起こせると信じています。たとえば、〈ubushina〉が手がけた伝統技術のしつらえとその土地に伝わる器や郷土料理が渾然一体となれば素敵だし、何よりその土地の方々がそういった授かりものに自覚的になれたら、地域のブランディングも強化される。そうやって観光ともども日本の地域の資産を掘り起こし盛り上げていきたいですね。

〈ubushina〉では、漆、箔、竹、和紙、鋳物などの素材を用いる。複数の素材や技術をかけ合わせたり、産地をまたいだものづくりも行っている

F.I.N.編集部

過疎化や職人の後継者不足といった課題を抱える地方が多いなか、希望のあるお話ですね。

立川さん

実は、人も国家も成長すると足元に目が向くものなんです。若い頃は田舎よりも都会に憧れますが、歳を取ると自分の故郷の良さを実感し、地元自慢をするようになりますよね。国も一緒で、新興国は都会を目指す人が多い。日本という国はすでに経済的にも文化的にも成熟しているので、自国の価値を再認識する段階です。伝統工芸の職人や県民性の違いを取り上げたテレビ番組が人気なのは、みんな日本に興味があるからだと思っています。また、市販されている気の利いた和雑貨や、初心者でも取っ付きやすい茶道や華道など、伝統への⼊り⼝も⾝近に⽤意されています。

F.I.N.編集部

伝統工芸って遠い存在だと思っていましたが、意外と身近にあふれているんですね。最後に、立川さんが目指す伝統工芸の未来像について教えてください。

立川さん

伝統工芸は日本に残された貴重な資産。奇跡のように資産が残っているのに、肝心な運用ができていないことが今の課題です。資産は運用しないと目減りしてしまいますから、伝統技術ディレクターとして適切に運用し、日本が工芸大国に成長するための一助になれたらと思っています。

【編集後記】

今回は伝統技術の視点で調査してみました。

「伝統」と聞くと「いつまでも変わらない」「代々守っていくもの」のような不変的な印象がありましたが、そこには、携わる人々の美意識と技術によって革新が生まれ、それぞれの時代にあわせたアップデートがあることで、次の世代にも受け入れられ、伝統が継承していくのだと発見がありました。 立川さんと作り手たちが、現代の工芸をどのように、アップデートして未来につなげていくのかこれからも楽しみです。

(未来定番研究所 窪)

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