2023.07.19

目利きたちの「時間」

「時間」の価値観を探る、12の質問。山口大学時間学研究所 所長・藤沢健太さん。

時間に「効率」を求めがちな一方で、アウトドアやキャンプなど「非効率」とも言えることが流行している昨今。人によってその価値観はさまざまですが、目利きたちは時間をどう捉えているのでしょうか。今回ご登場いただくのは、山口大学時間学研究所の所長・藤沢健太さん。「そもそも時間学とは?」「体内時計ってある?」「いつかタイムトラベルできるようになる?」といった時間にまつわる素朴な疑問に、やさしく丁寧にお答えいただきました。

 

(文:船橋麻貴/写真:ヨシガカズマ)

Profile

藤沢健太さん(ふじさわ・けんた)

山口大学時間学研究所 所長。
東京大学大学院理学研究科修了。理学博士。専門は宇宙物理学、電波天文学。宇宙科学研究所COE研究員、通信・放送機構国内招聘研究員、国立天文台助手、山口大学助教授・准教授を経て、2010年より現職。著書に『時間学概論』(恒星社厚生閣、共著)など。

Twitter:@fujisawakenta

Q1.「時間学」とは、どんな学問ですか?

「他にはない新しい研究を」という元学長の広中平祐先生の呼びかけによって、2000年に山口大学に設立されたのが、時間学研究所です。現在、専任の所員は天文学者の私の他、生物学者や心理学者、社会学者、哲学者ら6名。あらゆる角度から時間を研究するため、あえて文系・理系の垣根を超えたメンバーで編成されています。

 

ちょっと変わった研究所ですが、時間学を一言で伝えるのはなかなか難しい。例えば、私の専門の天文学で言うなら、宇宙が時間とどんな風に結びつくのかを研究しています。みなさん、ビッグバンという言葉を聞いたことがあると思います。宇宙は、今から138億年ほど前、このビッグバンという大爆発によって生まれました。時間の始まりは、まさにこの時。それ以前には時間はありませんでしたから。つまり、宇宙の研究をすること自体が時間の研究になると言えます。ですが、そうは言っても屁理屈にしか聞こえませんよね。新しい学問ということもあって、私たち学者も試行錯誤しながら時間について研究している段階です。

藤沢先生の研究室には、時間にまつわる書籍がズラりと並ぶ。

Q2.体内時計は本当に存在しますか?

答えから言うと、体内時計は存在します。これはもう「時間生物学」という分野で、科学的にも解明されているんです。私たちのからだの中にある細胞では、特定の遺伝子が活発に動く時間と止まってしまう時間が決まっていて、これが24時間周期で繰り返されています。つまり、1個1個の細胞に24時間で動く時計が存在しているわけです。これは遺伝子レベルで組み込まれているものなので、万が一、真っ暗な部屋のなかに閉じ込められたとしても、朝になれば目が覚めますし、夜になったら眠くなります。これは私たち人間だけでなく、動物や植物もそう。それはなぜか。太陽系の地球で暮らすうちに、24時間周期で生きていくのが生物にとって有利だったのでしょう。しかし、白夜や極夜のある北極圏で暮らすトナカイは、24時間周期をほぼ持っていないらしいのです。これは、すごい話でしょう? 生物が環境に順応した結果、体内時計を保持したことがよくわかりますよね。

 

だから、「時計がなくても生きていけますか?」と聞かれたら、生物としての答えはもちろんイエスです。現に私たちが時計を持って生活をするようになったのは、つい最近のこと。人類20万年の歴史から見ると、ここ数百年のことですから。江戸時代は時計なんてなかったのに、社会的な生活を営めていた。時計がなくたって、全く問題ないのです。しかし、現代に当てはめて考えると、時計がなかったらある種の便利さを失います。乗りたい電車に乗れないし、観たいテレビ番組を逃します。それが許容できるかどうかで、この質問の回答は変わってくるでしょうね。

Q3. なぜ日本人は時間に正確といわれているのでしょうか?

そもそも江戸時代には、「時間に正確」といった概念自体があまり広く持たれていませんでした。私たちは時計のある生活に慣れすぎていて、時間に縛られて生きているんですよね。これは人類の歴史で見ると、極めて特殊な状態だと言えます。はっきり言うと、無理しすぎですね。

 

なぜ私たちがこんなにも時間に正確になったのか。それは、当時の政府がそういう方針を打ち立てたからです。明治維新の頃、来日した外国人が西洋の文化をたくさん持ち込みましたが、その中の一つに「時間に対する意識」がありました。それまで日本人は時間にルーズでしたが、近代国家を目指す政府は時間の意識づけを徹底させた。なかでも、時間意識を最も身につけさせたのは、時刻表通りに運行する「鉄道」。時間をきっちりと守ることの重要性を説きました。それから「学校」「軍隊」「工場」が登場したことで、「団体で時間をしっかりと守って行動する」という思想がいっそう広がった。これが今日の日本人の時間感覚につながっていると言えます。

Q4.楽しい時間と退屈な時間、過ぎる速度が違うのはなぜですか?

この疑問には、私の友人であり、日本時間学会の会長・一川誠さんの著書『仕事の量も期日も変えられないけど、「体感時間」は変えられる』(青春出版社)を用いてご紹介したいと思います。この本には、「からだの中での代謝が活発に起きている時は、時間の流れが早く感じる」「時間の流れの速度は、時間の経過に注意を向ける頻度に関係している」と書かれています。たしかに、時間を忘れるくらい他に気を向ける隙がない時ほど、あっという間に時間が経ちますよね。ものごとへの体感によって、時間は伸び縮みするのでしょう。

時間学研究所の名誉博士であるマイケル・トリベルスキー先生からプレゼントされた、フランスの時計。

Q5.時間の価値観が人によって違うのはどうしてですか?

科学者としてではなく個人的な考えですが、時間の価値観の違いは、その人がどんな環境で生きてきたかということが大きく関わっていると思います。時間=お金という考え方の人もいるでしょうし、経済的なメリット以外のところに価値を見出す人もいます。いろいろな人が時間について一生懸命に考えるのは、人の生き様が反映されるから。時間は生きることそのものだと言っても過言ではないと思います。結局、その答えとして私が行き着くのは、その人にとって何が幸せかということ。よく言われることですが、お金が潤沢にあるからといって幸せかと言えばそうではない。不幸は減らせるけど、幸せにはなれないと思うんです。

 

時間の価値観は人それぞれですが、私にとっての一番の幸せは、身近な人たちに自分の存在を大切に思ってもらえること。この考え方が生きていく上で、どうも良さそうなんです。実際、いにしえより私たちは狩猟や採集するにしても、身近な人たちと協力し合って生きてきました。そんなことからも、お互いに認め合いながら仲良く生きていくことが、自分自身にとっても大切なことなのではないかと思うんです。私は、これをそのまま時間の価値として捉えています。

Q6.最近流行している「タイパ」について、どう思いますか?

「寂しいな」というのが正直な感想です。なぜなら、そういう窮屈な時間の使い方をしたくないと考えているからです。アメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンが残した「Time is money(タイムイズマネー)」という言葉があるように、効率性は社会や経済が発展する上ではメリットがたくさんあります。だけど、「タイパ」と聞いて思い出すのが、私が好きな児童文学『モモ』。主人公のモモが暮らす町に「時間どろぼう」たちがやって来て、人間の時間が盗まれることで幸せな暮らしが一変。人が生きるうえでの豊かさが失われてしまうという物語なのですが、今の状況になんだか似ているような気がするんです。テクノロジーの発展によって効率的な社会となりましたが、人間がどこまでそれに追従できるのか。そして本当の豊かさとは何か。凄まじい勢いで時代が変わっていく今だからこそ、ちゃんと考えた方がいいのかなと思います。

Q7.この先、タイムトラベルってできるようになりますか?

過去に行くのは難しいですが、未来に行ける可能性は大いにあると思います。一般的に未来に行くということは、自身を保ったまま、未来のある地点に現れるということ。だとすれば、冷凍という方法を使えば叶えられるでしょうね。例えば種子を冷凍させたら、何年か経ったとしても芽が出るわけです。これはある種のタイムトラベル。もちろん、人間に適用するのは難しいだろうとは思いますが、自分自身の時間の流れを止めて、未来に行くことは、不可能ではないという気はしています。

Q8.ここからは目利きの皆さんにお伺いしている質問をさせてください。時間のプロとも言える先生は、どんなスケジュールで1日を過ごしていますか?

いえいえ、プロなんかじゃないんですよ。いつもダラダラ過ごしてしまいますし、今朝だって起きられなくて「いつまで寝てるつもり!?」って妻に怒られましたから。ここまで時間について語っておいてなんですが、私自身はいつもものすごく時間に追われています。だから、土日のどちらかは仕事していたりします。ですが、大学の教員は一人一部屋あてがわれるので、研究室で時々寝ているんですよ。誰にも怒られないから安心なんですよね。そうしてオン・オフをつけないと、「もうたまらん!」という感じになります(笑)。

Q9.大切にしている時間はなんですか?

「何も生み出さない時間」です。何も考えないようにしようと思っても、無意識にやはり何かを考えている。だから思考停止しているわけではないですが、外から見たら「藤沢、何してんだ?」って思われるような余白の時間がないと、いい研究ができないと思っています。

Q10.その時間を、どうやってつくっていますか?

無理くりつくろうというわけでなく、気づいたらそうなっているというのが正しいですね。意識的にその時間を創出できればいいんですが、そんなにかっこいい時間の管理ができないんです(笑)。だから、何かと何かの合間とか、つかみどころのない時間が、「何も生み出さない時間」になっています。

Q11.時間のつくり方や過ごし方について、影響を受けたり、参考にしたりした人はいますか?

「何も生み出さない時間」の必要性は、研究者になってから実感しました。

Q12.5年後、時間の価値観はどのように変化していると思いますか?

う〜ん……、どう変化しているかというと、正直あまりよくわかりません。このまま行くと、無駄とされる時間が削ぎ落とされ、効率がさらに求められるでしょうね。ただ、私の希望としては、常識と思っていた時間の概念にもさまざまな捉え方があるということを、多くの人に気づいてもらえたらいいなと思います。

【編集後記】

藤沢先生が「何も生み出さない時間」を大切にされていると仰っていたことが鮮明に記憶に残っています。現代社会において、私たちは無意識的に膨大な量の情報を浴びているといわれていますが、細胞レベルで活動と休憩の周期があるように、脳を少し休憩させる時間が必要だと感じました。

そういった意味では、何かを生み出すためには逆説的にも「何も生み出さない時間」、蓄積した思考を発酵させるような時間が必要なのかもしれません。

(未来定番研究所 小林)