2023.02.03

省く

目利きたちが「省く」のをやめたこと。

この数年、私たちの暮らしには大きな変化がありました。

 

コロナウイルスの流行により、往来が制限され、人と会う機会など省かざるを得ないことも増えました。一方では、オンラインで遠方とのつながりが増えたり、暮らしと仕事が混じるようになり、2拠点生活をはじめたり、働き方や暮らし方に新しいかたちが生まれました。

 

そんな時代の変わり目から、少し経った今、「省いたけれどやっぱり…!」と見直し始めたことがあるのではないでしょうか。あえて「省くのをやめた」ことを考察することで、未来につながるヒントが浮かび上がるのではないかと考え、私たちは作家の高橋久美子さん、ミニマリストのあやじまさん、〈うなぎの寝床〉の白水高広さん、暮らしに向き合う目利きたちにメールインタビューをしました。

 

(文:三國寛美/イラスト:アライマリヤ)

高橋久美子さんの場合。
「時間を使って会いに行く」

作家であり、詩人、作詞家でもある高橋久美子さんは、2021年より2拠点生活をはじめました。ご実家のある愛媛とそれまで暮らしていた東京を行き来しながら、畑仕事と執筆活動をされています。

 

――コロナ渦で2拠点生活を続けながら「省いたな」と思うことはありましたか?

 

自分から進んで省いたことはありません。ただ、2020年から打ち合わせやインタビューをZoomにせざるを得なくなった期間が2年ほどあり、それによって自分の時間が増えたかなと思います。でも、やっぱり実際に会って打ち合わせした方が早いことも多かったなと思います。

 

――2022年12月に発売された『暮らしっく』(扶桑社)では、身近で手に入れた旬のものを使った日々の食や、ささやかな発見が描かれています。そして、できるだけ捨てない生活をしてきたこと、ものというのは「未来へのエネルギーみたいなもの」を持っているともありました。高橋さんが「省く」のはものではなく、考え方や過ごし方にあるのかもしれないと思います。暮らしのなかで「省く」ことをどのようにお考えですか?

 

使えるものを捨てるというのが私はどうしてもできなくて、こうしたら…ああしたら…と最後までそのものを活かせる方法を探して悪あがきしてしまいます。

 

過ごし方で省くことは、たとえば友達と会っているときにメールが来ても見ないとかですかね。あとは、二拠点生活をはじめて畑にいる時間が長く忙しくなったこともあって、ネットとかテレビを見る時間がほとんどなくなりました。

愛媛の実家のみかん畑にて

――では、コロナウィルスの流行から少し経ち、省いたけれど「やっぱり戻そう」と復活したことは?

 

私が省いたことは特にありませんが、「Zoomでも打ち合わせできますがどうされますか?」と聞かれたら、大概の場合は会うことを選択しますね。

 

時間を使って会いに行くことで自分自身の気持ちもしっかりその仕事に向かおうとしますし、先方の気持ちもよりよく感じることができます。また、その場を共有することで生まれる信頼があると思います。

 

――変化はありましたか? 今後も続けると思いますか?

 

一本一本の仕事により良い力が入るようになりました。人に実際に会うということが、より大切で貴重なことだとわかりました。今後も人に会う時間は残すと思います。

 

――家族の歴史やつながりが感じられる愛媛での暮らしの中で、かつて省いてしまったけれど、取り戻したいと思うことはありますか?

 

味噌や梅干し作りなど、我が家の自給自足に近い生活はものごころついたときから、今も続けられていて、今後も私や妹が引き継いでいこうと思っています。祖父の代にはされていて今は生活に取り入れられなくなった竹細工なども今後復活させたいです。

東京のご近所さんから分けていただいた約30kgの梅をシロップなどに。

Profile

高橋久美子さん(たかはし・くみこ)

作家、詩人、作詞家。

愛媛県生まれ。ロックバンド〈チャットモンチー〉にてドラマー、作詞家として活動。その後、2012年より文筆家として詩、小説、エッセイ、歌詞提供、絵本などを手掛けている。ときに朗読や打楽器演奏も。著作には、エッセイ『思いつつ、嘆きつつ、走りつつ、』(毎日新聞社)、ノンフィクション『その農地、私が買います 高橋さん家の次女の乱』(ミシマ社)、小説『ぐるり』(筑摩書房)、『旅を栖とす』(KADOKAWA)、『暮らしっく』(扶桑社)など多数。

http://takahashikumiko.com/

あやじまさんの場合。

「あらためて持ち始めたのは、紙の本」

ミニマリストとして、暮らしの整理収納を発信されている、あやじまさん。2017年、気に入った最小限のものだけを選んで渡米し、そこで「持たない暮らし」の快適さに目覚めたと言います。

 

最少という量にこだわるのではなく、自分にとって心地よいものを選び取り、必要な量で暮らすことを「ミニマリスト」として定義されています。あやじまさんは、現在、楽天ROOMのフォロワーが28.3万人、SNS総フォロワーは42万人。ROOMインフルエンサーとしても支持されています。

 

――これまで、自分にとって心地よいものを選ばれてきたあやじまさんですが、未曾有のコロナ渦で、省いたものはありますか?

 

結論、コロナ禍だから省いたものというのはありません。ミニマルライフへの開眼が2017年だとすると、その時に家の中のものと散々向き合っていたんですよね。おかげでコロナ禍でも基本的に暮らしの土台がゆるぐことはありませんでした。

 

あれほどの天変地異があってやっと「自分にとって何が本当に必要か」を考えた人が多かったと思いますが、この振り返りってすごく大事なことだと思うんです。今はものも情報も溢れすぎていて、その中に意思を持たずに浮かんでいてはすぐにのまれてしまいます。

 

――では、「やっぱり戻そう」と復活させたものはありますか?

 

コロナ禍で改めて持ち始めたものは、紙の本です。

 

――その理由は?

 

スマホと読書を切り離すためです。コロナで読書の頻度が高まったことで、スマホの中に本を携帯しているとついSNSが気になったりして気が散るなぁと思っていたんです。思い切って紙の本に切り変えてみると、そのストレスが激減しました。

 

――戻したことで、どのような変化がありましたか?

 

時間の濃さを重視するようになりました。隙間時間にスマホで読書するよりも、読書だけに集中する環境を作るだけでインプットの濃度や、時間満足度が違いますね。紙の本は重いしかさ張りますが、そこは時間の使い方を優先してトレードオフするようになりました。

 

――今後も、復活させたものを使い続けると思いますか?

 

紙の本での読書はこの先も続けていくと思います。なんでもデジタルにすれば便利ですが、便利には目に見えない代償があることも事実。大事なことは誰かの真似をしてなんでも取り入れたりやめたりするのではなく、自分だけの基準を持ってうまく使いこなすことだと思います。

 

――あやじまさんは、ご自身のvoicyで「自分がもっているものは『自分』だった」とおっしゃっていました。「省く」ことは、目に見えるものだけでなく、マインドセットにも大きな影響があるのではと思いました。「省く」暮らしは、5、10年後、日本において、どのような位置づけになると思いますか?  ものの選び方は、どのように変化するでしょう?

 

持たない暮らしが一般化していく流れはもっと加速すると思います。これまでは感度の高い人たちがSNS映えの一環で行っているように見えていたのが、今やもっと広い層にも認識され始めています。このムーブメントは日本だけではなく、その他の先進国でも起こっています。

 

そして、自分の暮らしを見直すということは、購入するものや取得する情報にも意識を向けるということ。特に、今後は目に見えない情報の扱い方で人生が大きく左右するのではと思っています。つまり、質の良い情報へアクセスできる人はどんどん人生が豊かになる。その格差が開いてしまうのも現実問題として起こるんじゃないかなぁと思っています。

あやじまさんの小さな工夫に満ちた「収納ゼロ」なリビング

Profile

あやじま さん

ミニマリスト・整理収納アドバイザー。

海外生活がきっかけでミニマルライフに目覚める。SNS総フォロワーは42万人。音声メディアvoicy「あやじまの身軽になれるラジオ」は320万回再生を超えた。「持たない暮らし」や「お片づけ」そして「子育て中のミニマルライフ」など、ラクして身軽に賢く暮らすコツを発信している。スマホなどデジタルの整理も提唱しており『スマホひとつで暮らしたい』『ミニマリスト スマホの中を片付ける』(共にKADOKAWAより)などの著作がある。
https://ayajima.com/

白水高広さんの場合。
「暮らしと仕事がミックスするように」

福岡県八女市を拠点とする〈うなぎの寝床〉は「地域文化商社」として、お店、ものづくり、ツーリズムと、文化と人間とをつなぐ活動を続けてきました。そこで10年以上にわたり、地方でのものの売り方、それに伴う文化や価値の伝え方に向き合ってきた、代表取締役の白水高広さん。

 

これまで作り手と使い手をつないできた白水さんですが、コロナ禍では「暮らし」と向き合う時間も増えたのではないでしょうか? 自らの暮らしの中で感じたことをお聞きしました。

 

――身の回りのさまざまな生活様式が変化していますが、白水さんが「暮らし」の中で「省いたこと」は、どんなことでしょう?

 

70代半ばの両親と同居しています。この2年で、両親と自分たちとの生活や部屋、ものをお互い整理して分けました。両親が医療従事者だったこともあるのですが、一番大きなことは食事を分けたことです。食事を分けると同時に、食器や、母の着物やお茶の道具、部屋の使い方を再構築しました。両親も自分たちもお互いのものを見直し、いろんな物を捨てました。余分なところは省きつつ、再構築してきたイメージです。

 

――コロナウィルスの流行から少し経ち、省いたけれど「やっぱり戻そう」と復活させたものはありますか?

 

本や、絵、植物、郷土玩具や商品サンプルなど。

 

――その理由は?

 

コロナ前までは、出張なども多く、家は、週末に帰ってくる、夜を過ごす「場」としてありましたが、コロナで出張や外出が減り、暮らしと仕事を両立する場所へと変化しました。本や商品サンプルや絵などは、仕事場においていたのですが、それを長く時間を過ごす家に持ってきて、暮らしと仕事がミックスするようになりました。

 

――戻したことで、どのような変化がありましたか?

 

親の生活と、自分の生活を見直し、省くところは省いて整理する。そして、本やもの、植物や絵画など、復活させるところは復活させ、自分たちにあった暮らしというものが少し見えてきているということが、今の段階です。問題は、暮らしと仕事が混ざりすぎたので、時間をうまく切り替えられるようにしたいなと思っています。

レゴのモンローに猪熊弦一郎さんや中谷健一さんの作品、
家族写真や藁細工などなど、入り混じる一角。

――今後も、復活させたことを続けると思いますか?

 

もうすぐ僕も40歳になろうとしています。

 

今までは、ものや仕事、やれることなどを増やして増やしてとやってきたのですが、今からは、取捨選択して、一つ一つ自分たちらしい選択をして、減らしていくことに重点を置く時期かと考えています。今持っているものを愛でつつ、より厳選しながら絞り込んで自分たちが暮らしやすいように柔軟に変化していきたいです。

 

――では〈うなぎの寝床〉として、省いたこと、戻したものはありますか?

 

コロナ禍は、オンラインが中心に一度傾きましたが、やはりリアルなお店でのモノをみたり、話したり、買ったり、共有したりすることに対して重要だともう一度再認識して、そこに力を入れることにしました。

 

――2023年には愛媛での展開がはじまるとお聞きしました。今後の〈うなぎの寝床〉が、取り扱っていきたいもの、取り組んでいきたいことは?

 

九州のお店は、北部九州のものを中心に取り扱っていますが、愛媛大洲では、四国のものを中心に扱っていきたいと考えています。愛媛の今治タオルの産地、香川の手袋産地や庵治石、高知の刃物や、徳島の阿波しじらや藍染、その土地にある文化やものを紹介できればと考えています。

 

その土地で、その土地らしさを背景に持つ魅力的な「もの」を紹介して風景を次の世代につないでいければと思います。

Profile

白水高広さん(しらみず・たかひろ)

〈株式会社うなぎの寝床〉代表取締役。
佐賀県小城市生まれ、大分大学工学部福祉環境工学科建築コース卒業。2012年7月にアンテナショップ〈うなぎの寝床〉を立ち上げるとともに、現在まで地域文化商社として活動を続ける。地域文脈のリサーチから、メーカーとしての商品開発、問屋業・小売業を横断して連動させながら、地域の方々がやれなさそうな領域を事業化していく。2023年夏には、愛媛県大洲市にて新たな拠点を展開予定。
うなぎの寝床:https://unagino-nedoko.net

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・人に直接会い、その場を共有すると信頼が生まれる。

・便利には目に見えない代償があることも事実。

・質の良い情報へアクセスできる人はどんどん人生が豊かになる、といった情報格差の問題。

・リアルなお店でものをみたり、話したり、買ったり、共有したりすること、その大切さを再認識。

【編集後記】

何かを「省く」とき、私たちは便利か不便か経済的か否かで判断しがちですが、目利きたちの場合は少し違うようです。一見、不便で非効率なものでも、自分と向き合い、「心を豊かにするかどうか?」と考える、そんな判断軸が目利きたちから伺えます。

ものやサービスが溢れ続ける中、自分の心に寄り添う判断軸を持つことが、これからの「省く」には大切なのではないでしょうか?

(未来定番研究所 窪)