2018.07.11

未来の病院は「コンビニ」になる!?

「AI(人工知能)」や「IoT(モノのインターネット)」というキーワードがあらゆる産業の未来を変えるといわれるなか、医療現場におけるICT化はいまや最重要課題のひとつとされています。東京慈恵会医科大学病院は2015年、他院に先駆けて3,200台超のiPhone 6を東京・港区の本院とすべての分院に導入するなど、 医療ICTのパイオニアとして知られる病院です。プロジェクトを率いる高尾洋之先生とともに、未来の病院、未来の医療がどんな姿をしているかを考えます。

(イラスト:ハヤシナオユキ)

Profile

高尾洋之

東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究講座 准教授。専門は脳神経外科。カリフォルニア大学ロサンゼルス校神経放射線科への留学を経て、2014年には厚生労働省に出向。カリフォルニア大学での遠隔診断補助システム開発の経験を買われ、2015年より東京慈恵会医科大学でのiPhone導入プロジェクトを指揮する。著書に『鉄腕アトムのような医師』〈日経BP〉がある。

医療のIT化は、現場で起きていました。

その病院で使われているiPhoneに表示されていたのは、見慣れたチャットの画面でした。

 

東京慈恵会医科大学附属病院(以下、慈恵医大病院)で使われているアプリ『Join』のインターフェイスは、いまや多くの企業で導入されているビジネス向けグループチャットツールとなんら変わらないように見えます。違うことがあるとすれば、そこに並ぶ顔写真の主が、病院で働く医師や看護師だということ。

 

「Facebook社の『Messenger』や『メッセージ』、『LINE』のメディカル版だと思ってもらえばいいかもしれません」と語るのは、慈恵医大病院の高尾洋之先生。同病院のICT化を推進してきたプロジェクト長でもある高尾先生は、こう続けます。「Join上でメッセージを送れば、全員同時にすぐに情報を共有できます。電話で一対一で話していたら何十分もかかっていたのに比べれば、その時間短縮の効果は絶対的ですよ」

 

内科や外科、心臓外科や眼科、高尾先生が所属する脳神経外科まで全28の診療科を抱える慈恵医大病院では、1250人の医師、2590人の看護師が働いています。お互いが何のプロフェッショナルであるかを把握するのはとても困難ですが、Joinの“電話帳”からは、顔写真とともにプロフィール情報も確認できます。クラウド管理されているため、異動や変更があっても一括更新できるのも大きなメリットです。さらに遠隔で、診察に必要なマニュアルやデータベースもスマートフォンから閲覧できるのだといいます。

 

「医師はそれら膨大な資料を持ち歩いていたわけですが、その必要もなくなりました。CTの画像も見られるし、いままさに手術中の手術室の様子を撮影した動画も、リアルタイムで見ることができます。脳卒中集中治療室(SCU)の患者の心電図モニターや脳波もチェックできますよ」

健康は、一人ひとりの手の中に。

「いまでは、院内に『歩きスマホ厳禁』という院長通達が出ているくらいですよ」と言う高尾先生。

 

慈恵医大病院がPHSによる院内インフラを刷新し、全3,224台のiPhoneを導入したのは、2015年10月のことでした。スマホ導入以前、同病院では医師を中心に1,700台のPHSを配備していました。一方でナースステーションに配備されているPHSの台数は限られており、個々の看護師はポケベルを利用して連絡を取っているという状況だったといいます。

 

「これまでと比較すれば、いま、スタッフの動きは格段に早くなりました」と話す高尾先生。その効果は患者にとって大きな意味をもつことになります。「脳卒中の領域では、治療までの時間が30分短くなれば、それだけで患者さんの予後はまったく違うものになるのです」

 

さらに2015年のスマホの導入に合わせて、タッチパネル式のナースコールシステム「 ビーナース(Vi-nurse)」を導入。システムとスマホが連携し、 コールをした患者の詳細情報や コール履歴などが 一目でわかるようになりました。ほかにも院内でもネット通信できるようにWi-Fiを設置したのをはじめ、位置情報を測定するためのビーコンを活用し来院者が広大な敷地の院内で迷わないようにする院内ナビゲーションシステムの導入も、同じく患者のメリットを考えた取組だといえるでしょう。

 

また、高尾先生がいま取り組んでいる「パーソナル・ヘルス・レコード(Personal Health Record)」は、患者のもつスマートフォンに自分の医療情報を記録しておくというもの。そのためのスマートフォンアプリ『MySOS』開発にも関わりました。「これでセカンドオピニオンもやりやすくなるし、医者のレベルも上がるんじゃないかと思っているんです」と高尾先生は言います。

これからの未来、病院は「コンビニ」になる。

それでは、高尾先生、未来の病院はどんな姿をしているとお考えですか?

 

「これからの病院は、病人だけを診るのではなく健康な人も診ることになると思っているんです。何かを買うためだけに訪れるのではない、ATMや宅配サービスや公共料金を支払うこともできるコンビニのような病院、といった世界観でしょうか」

 

高尾先生のイメージする病院は、さらに病院の外へと拡がっていきます。

 

「たとえば、日常生活や自動車運転からデータを収集することで、認知症の初期診断ができる可能性もあります。運転中のブレーキを踏むタイミングや、道路の走り方の異変を察知して、認知症の可能性があるからと診断をするわけですね。ほかにも、普段の食事の写真を撮り続けることで栄養指導もできるでしょう。時計型の血圧計を常に身につけておけば、病院に来なくてもアプリ経由で健康状況を把握し、適切な指示を与えることも可能です」

 

いま高尾先生が「パーソナル・ヘルス・レコード」の導入に取り組んでいるのは先述した通りですが、高尾先生はその先にある「パーソナル・ウェルネス・レコード(Personal Wellness Record)」の可能性をみています。

 

「ぼくはヘルスよりもより広義な、ウェルネスが価値をもつと考えています。これからの病院の可能性は、人生とテクノロジーの融合体にある、という世界観を目指していきたいんです」

大事なのは文化をどうつくるか。

2017年4月に開かれた未来投資会議において、 政府は遠隔診療に対して「対面診療とオンラインでの遠隔診療を組み合わせた新しい医療を、 次の診療報酬改定でしっかり評価する」と発言しています。遠隔診療は、いわば日本の国策の1つになっているといえます。

 

高齢者率が上昇するなか、医療・介護給付費用が増加の一途をたどる日本では、在宅医療をいかに支援するかが議論されています。ロボットを使った介護サービスをはじめ、さまざまな解決策が検討されているのが現状です。

 

そんななか、今、世界では現状を大幅に上回る通信速度の5G通信網が整備されつつあります。Web電話の発展により、海外の方と気軽に話ができるようになっています。通訳技術のICT化により、言葉の壁はなくなっているなかで、医療の壁もなくなっていく可能性もあります。国内の僻地医療だけでなく、世界中で医療が行き渡っていない、たとえば東南アジアの医療を日本からスマホで救える未来も、ひょっとしたらすぐに訪れるのかもしれません。むしろ、世界の人々を救う日本にならなければなりません。

 

最後にもうひとつ、高尾先生は、スマホと医療という組み合わせを日本の文化にいかになじませるかという課題を指摘くださいました。

 

「大事なのは、きっかけです。孫と話したいからといっておじいちゃん・おばあちゃんがLINEを使い始めて、LINEを使いたいからといってスマホをもつようになりました。それと同じように、スマホで医療をやるためには、なにかしらの動機が必要です。たとえば検診データをスマホに入れておくことで保険料が安くなる、などといった自分の医療情報の新しい価値づけが求められるのだと思っています」

編集後記

「Join」は普段スマートフォンを使用している人なら、誰でも使用できそうなインターフェイスでした。難しい説明書を読むのではなく、既に持っている感覚で業務に取り入れられる点が浸透のポイントなのですね。

また、ICTが進歩することで、患者さんに様々なシチュエーションで接触することができます。医療の分野でも、それぞれの患者さんに応じたタイミング、場所で健康について考えられる未来になるのだと感じました。

百貨店も同様に、一人ひとりのお客様とどのように関わりをもつのか模索しています。分野が変わっても、「ひと」を対象に考える未来はどこか共通点があるのかもしれませんね。

(未来定番研究所 佐々木)