2023.01.05

買う

「お金」を介在せず、お互いの持つ「価値」を交換する。〈おすしカンパニー〉の挑戦。

私たちは仕事をするとき、その対価としてお金を支払ったり、受け取ったりすることがほとんど。2021年に6人の友人同士で立ち上げた〈おすしカンパニー〉は、対価としてのお金を受け取らず、価値と価値を交換しています。お金以外の対価で仕事をすることは可能なのか、それによって生まれる成果とは。〈おすしカンパニー〉のメンバーである川名孝幸さんと陳暁夏代さんにお話しをお聞きしました。

 

(文:宮原沙紀)

Profile

川名孝幸さん (かわな・たかゆき)

〈株式会社dof〉で多岐に渡る案件のコミュニケーションデザインを手がける。サントリーウイスキーのブランディングや、ソースネクストのポケトークやmeeting owl、タクシーアプリGOなどを担当。クライアントの経営者・マネジメント層・現場担当者まで全レイヤーと向き合う。〈おすしカンパニー〉では主にブランディング、事業コンサルやメディアプランニングを担当。

Profile

陳暁夏代さん (ちんしょう・なつよ)

北京・上海・シンガポールにてファッション×芸能事業を手掛け、2013年に博報堂に入社。2019年、コンテンツスタジオ〈CHOCOLATE Inc.〉に執行役員として参画。その後日本,中国双方における企業の課題解決、企画立案を手がける〈DIGDOG llc.〉を創業。〈おすしカンパニー〉では主に、企画、ブランディング、商品開発、クリエイティブディレクション、コンサル、市場分析を担当。

Profile

おすしカンパニー

物々交換でしか仕事をしない世界初のV2V(Value to Value)カンパニー

公式ホームページ:http://osushi.company

公式instgram : @osushi_company_official

お問い合わせ :hey@osushi.company

友人同士のような気軽なやりとりを

仕事の人間関係にも広げていく。

F.I.N.編集部

2021年に立ち上げられた物々交換で仕事をするという〈おすしカンパニー〉。どのようなきっかけでスタートしたのですか?

川名さん

メンバーはもともと友人同士でした。それぞれ広告業や飲食業、デザイナーなど異なる職業についていましたが、集まった席でそれぞれのアイデアを交換しあうことを自然に行っていたんです。

陳暁さん

直接的なきっかけになったのは、メンバーの田中開が経営する飲食店があり、そこのお酒のブランドを立ち上げる際、そのラベルデザインをメンバー内で考えたこと。そのお礼としておすしを奢るという会話をしていました。友人関係で「引っ越しの手伝いをしてくれたから焼肉を奢るよ」なんてやりとりは、多くの人が行っていると思います。これを仕事の仕組みとしてやってみたら面白そうというのが始まりです。

川名さん

友人同士で行っている職能の交換を、もう少し公にできないかと考えました。お金を中心としない価値と価値を交換するという新しい経済圏。これを形成することが出来れば、解決できる課題や、新しい関係性にも繋がるのではないかと社会実験的に始めました。

F.I.N.編集部

事業内容について詳しく教えてください。

陳暁さん

〈おすしカンパニー〉は、様々なクライアントの課題に向き合えるよう、経営、コンサル、デザイン、プロモーションなど、異なるスキルを持った6人で立ち上げました。立ち上げ時、第一次募集としてクライアントを募った際は、50件ほどの応募をいただきました。私たちのスキルで価値を提供できそうな方々を選出させて頂き、ディスカッションMTGを数回行います。私たちがアイデアを出す代わりに対価としていただくのは、クライアントが持っているお金以外の資産や資源です。

川名さん

僕たちは、V2V(Value to Value)で仕事をします。V2Vとはお金ではなく、それぞれが持っている価値を交換すること。〈おすしカンパニー〉がクライアントの課題解決に協力し、それに対してクライアントからはお金ではなく価値をいただいています。例えば農家であれば、農産物などを対価としていただきます。それがみかん農家であればみかんそのもので、新聞社であれば新聞の広告枠になります。

F.I.N.編集部

これまで、どのような案件を手掛けられたのですか?

陳暁さん

新潟県のお米農家の方から、新規顧客の獲得やお米の売り方の依頼がありました。私たちが提供したのは、若年層向けのリブランディングとどういったアプローチをしたらいいかというコンサルティングや商品展開の提案。その対価としてお米をいただきました。

川名さん

美容室がヘッドスパ事業を新たに立ち上げたいという相談も。我々は店舗のコンセプトを提案し、メニューも考えました。対価としていただいたのはヘッドスパの施術です。

写真:早川米穀店

F.I.N.編集部

受け取る対価はどのように決めるのでしょうか?

川名さん

何を受け取るかについてもクライアントと丁寧に話しあって決めています。これまでは、お米屋さんはお米、コーヒーメーカーはコーヒーなど、その事業の核となるアセットを持っているクライアントが多かったので、提供できるものはある程度明確だったのですが、先方からすれば初めてのやり取り。「これが対価でいいの?」とか「これが価値になるの?」という反応を示す方もいました。しかし我々から見たらそれは立派な価値。普通に購入したお米よりも、新しく生まれた関係性のなかでいただいたお米を食べることはまた意味が違ってきます。

F.I.N.編集部

実際にV2Vでお仕事をしてみての感想はいかがですか?

陳暁さん

普段の業務上では出合わないような人と交流が持てたことが最大の成果だと思います。例えば、日本全国の一次産業に従事する人と、私たちのような東京にいる若手クリエイターを接続する場になりました。普段の業務であれば、その仕事が終わったら関係は切れてしまう。けれど今回やりとりをした人たちとは、その後SNSでも繋がっていて、気軽に相談し合うことができます。

川名さん

普段だったら発注する手前の、まだ内容が固まっていないような段階から相談してもらえるというのも面白かったこと。お金でやりとりする業務とは、スタート地点が若干違うというのが興味深かったです。

F.I.N.編集部

価値と価値との交換は、お金とは違う結果を生み出したのでしょうか。

川名さん

通常の業務では、お金を払うことで事業者側と依頼者にヒエラルキーのようなものが自然とできてしまう傾向がある気がします。本来はそうではないのですが「お金を払った方が偉い」といった考えを持つ人も少なくない。対価をお金ではないものにすることでクライアントと我々の関係はとてもフラットになり、チームとして一緒に考えることができたと思います。

F.I.N.編集部

クライアント側にも、意識の変化を感じることはありましたか?

川名さん

お金が発生しないからこそ、この段階で「人に頼っていいんだ」ということが気づきになったようです。外部に協力を依頼するときは、もうちょっと考えが固まってないといけないんじゃないかとか、もうちょっと予算化しないといけないんじゃないかと思っている方がほとんど。しかし、裏を返せば予算化される前だからこそできることがある。これをチャンスだとお互いに思えたような気がします。

F.I.N.編集部

〈おすしカンパニー〉を始めて、メンバーの皆さんのお金の使い方に変化はありましたか?

川名さん

お米やコーヒーなど日用品を物々交換で得たことで、一次生産者の方々への感謝の気持ちがさらに芽生えました。私自身も、得たお金を自分が生きていくために排出していくことを一連の作業のようにとらえ、何も意味を見出していなかった部分がありましたが、経済の仕組みの解像度が少しだけ上がった気がします。

物々交換達成状況

お金以外の選択肢が増えることで

人間関係や仕事の質も変化。

F.I.N.編集部

今後、目指していることは何ですか?

陳暁さん

この取り組みは可視化することに意味があると思っています。お金を介さない友人同士のようなやりとりは、すでに世の中に存在しているもの。私たちが新しくつくったものではありません。それを形式化し、お金がないからできなかったことが物々交換でできると提示する。それによってもっと多くの人や企業の可能性が広がるといいなと思っています。

川名さん

歴史を遡ると、大昔の人々は物々交換をしていました。そこから価値の物差しとして貝や石を使い、その後貨幣が誕生しました。今は暗号資産やデータにもなっています。時代の変遷によってお金のかたちがより効率的な形に変容しています。しかし効率的になる一方で、お金のやりとりは無機質になっていく。どんどんお金や価値の交換が可視化されにくくなっていると感じます。いつの間にかお金を支払っているとか、いつの間にか取引が完成しているということが多い。価値と価値を交換することは、人と人のつながりを豊かにするためのコミュニケーションだと思います。あえてそこを可視化することによって、つながりをもう一度呼び起せると感じます。

F.I.N.編集部

V2Vという仕組みが社会に浸透したらどうなると思いますか?

川名さん

人々の新たな関係性ができていくことと、アウトプットの質が変わる気がしています。例えば広告をつくるという作業があるとしたら、今までは製品の訴求ポイントを明確にし、広げていくマーケットや年齢層、コミュニケーション内容について社内で決めます。その後予算が決まり、やっと広告をつくる会社に発注される。僕は広告をつくる立場で受注したとき、もっと前の段階で相談してほしかったと思うこともあるんです。製品の中身や、コンセプト自体をもっと考え直した方が良いことはよくある。お金はいろんなことが決定した最後に支払うものという基準があるので、お金を介さないことによって、初期の状態から一緒に考えることができます。そうなると必然と出来上がるサービスや商品も変わってくると思います。

 

STEP1をやってみて、V2Vの可能性を大いに感じることができたので、STEP2ではもっと大きな視座で一緒に価値を構築していくことにも挑戦したいです。(「物々交換達成状況」参照)

■F.I.N.編集部が感じた、未来の定番になりそうなポイント

・お金を介さないことで依頼する側とされる側の関係性がフラットになる。

・V2Vをやってみることで自分達だけは気づけない自社の資源や資産が何であるかを認識することができる。

【編集後記】

お金は本当に便利なものですが、それがかえって厄介な存在だと感じている人も多いのではないでしょうか。必ずしもそうではありませんが、V2Vという考え方は無機質なお金での取引に比べ、相手のことを助けたり、思いやったりする気持ちがあるように感じました。

原点回帰とも言えるV2Vの考え方が企業間、個人間を問わず社会に浸透した先には、より良い未来が待っているような気がしてなりません。

(未来定番研究所 榎)